白状すると、ドラフト直後の気分は少し複雑だった。いや、おそらく多くの阪神ファンも、似たような感覚を抱いていたのではないか。
森下翔太?
巨人とのくじ引きに敗れ、獲得を逃した浅野翔吾の名前はよく知っていた。イチローがその打撃に驚いたとも言われた、四国の大砲。この年の高校球界を代表する長距離打者のひとりであり、がっしりとした体つきからも、大物に化けそうな雰囲気があった。
もちろん、近年の阪神のスカウト陣の目利きには定評がある。外れ1位とはいえ、球団が森下を高く評価した以上、期待できる選手であることは間違いない。
2016年のドラフトで大山悠輔の名前が呼ばれた瞬間、こちらが勝手に戸惑ってしまったこと。そして、その後の大山の活躍によって、自分の見方がいかに浅かったかを思い知らされたこともある。
だから、プロの目利きに簡単に口を挟むものではない。そう自分に言い聞かせた。
それでも当時は、浅野を逃した直後ということもあり、すぐに気持ちを切り替えられなかったのも事実である。
結局のところ、わたしはまたしても間違っていた。

もし森下翔太がいなかったら。2023年、阪神は優勝できなかったかもしれない。開幕前には外野のレギュラー候補だったミエセスの不振も、もっと激しく阪神ファンの不満を買っていたことだろう。リーグ優勝決定後のビールかけで、はしゃぐミエセスに岡田彰布監督がかけた名言、「ミエちゃん、主役ちゃうよ」も、1ミリも笑いにつながらなかったに違いない。
そもそも、「大丈夫、きっと大丈夫」と必死に自分を納得させていた時点で、プロ入り4年目の彼がWBCで3ランを放ち、シーズン開幕後は佐藤輝明と本塁打レースの上位を争うだなんて、考えもしなかった。中央大学からベイスターズに進み、侍ジャパンでも打線の中核を担うようになっていた牧秀悟を、本塁打や長打率、OPSといった長打系の指標で上回るようになるだなんて、夢想だにしなかった。
ちなみに、中央大学時代の森下を「鈴木誠也2世」と評価していたのは、広島の白武スカウト部長だったという。恐るべき慧眼、と脱帽するしかない。というか、そこにはある種の運命的なものまで感じてしまう。
あのWBCベネズエラ戦で、森下は一時逆転となる3ランを放った。おそらく、彼の野球人生においても極めて大きな意味を持つ一発だったはずだ。ベンチからこの試合のプレーボールを見守った森下が、あの場面で打席に立つことになったのは、鈴木誠也が試合序盤で足を痛めたからだった。
わたしは直接、森下を取材したことはない。ただ、雑誌『Number』で佐藤輝明にインタビューをした際、すぐ隣のテーブルで森下が別の取材を受けていたことがある。慎重に言葉を選ぶ佐藤と向き合うこちらの横から、森下のあっけらかんとした笑い声が何度も聞こえてきた。
幸い、佐藤のインタビューも無事に終えることはできたが、一仕事終えた時点での率直な感想は、「哲学者の取材をしたすぐ横で、やんちゃ坊主が笑っていた」だった。
意外だったというか、阪神ファンとしてめちゃくちゃ嬉しかったのは、先に取材を終えた森下が佐藤にちょっかいを出し始め、そのたびに佐藤の表情が大きく緩んだことだった。
阪神で言えば掛布雅之と岡田彰布。広島で言えば山本浩二と衣笠祥雄。ひとつの球団に2人のスター選手、大砲がいる場合、両者の関係は微妙なものになりがちだった。だが仮にライバル意識があったとしても、佐藤と森下の間では、それがまったくマイナスに働いていないように見えた。
その数週間後、2人に前川右京を加えた3人は、『Number』と同じ出版社が発行している週刊誌にそろって取り上げられることになるのだが、掛布と岡田、山本と衣笠が遠征先でそろって飲みに行くなど、昭和の番記者には想像すらできなかったはずだ。
話が逸れてしまった。

2026年シーズンに入ってからの森下は、いよいよ鈴木誠也的な選手になってきたという印象がある。特に、身体の変化には目を見張らされるものがある。いくらプロのアスリートとはいえ、これほど短期間で、誰の目にもはっきりわかるほど身体を大きくするのは簡単なことではない。よほど具体的な目標でもない限り。
以前、阪神のコーチ陣に聞いたことがある。
佐藤輝明は誰に似ていますか?
答えは、全員が同じだった。
「誰にも」
だからなのか、メジャー行きを強く志向しながらも、佐藤の口から、憧れや目標とする先達の名前を聞いたことはない。彼は彼なりの考え、彼なりのやり方で、メジャー行きをかなえようとしている。
森下の場合は違う。彼はドラフトにかかる以前から、鈴木誠也との共通項を評価されていた。当然、そうした声は本人の耳にも届いていただろうし、シカゴに渡ってからの鈴木が、目に見えて身体を大きくしていったことにも注目していたはずである。佐藤よりは、やるべきことやその方向性を見つけやすかったのではないだろうか。
ドラフト時に「あ〜あ」と思ったことなどすっかり棚に上げ、いまでは森下の可能性を微塵も疑っていないわたしだが、実はここにきて、少しだけわからないことがある。
なぜベイスターズは、森下に対してあれほど極端なシフトをとるのだろう。
データ分析のスペシャリストがそう指示しているのだろうから、当然、根拠はあるのだろう。ただ、セカンドが二塁ベースの後方に構え、一、二塁間をほぼがら空きにするシフトを見ると、「あれ? 森下って、そんなに引っ張り専門だったっけか」と思ってしまうのだ。
いわゆるプルヒッターであることは間違いない。とはいえ、基本的にボールを手元まで呼び込むタイプのバッターである森下の場合、長打はセンターから左中間方向に伸びていく印象が強い。あのWBCの一発は左翼ポール際だったが、ポール際へ飛び込むような打球は、むしろ例外的に見える。
ファストボールはセンターから左中間へ。泳ぎながら拾った変化球が、ポール寄りに飛ぶ。直球をバチンと捉え、たかだかと舞い上がった打球がポールを巻くようにしてレフトスタンドに吸い込まれる――そんなホームランは、大山悠輔であれば珍しくないが、森下の場合はそれほど多くない。
個人的には、もう少しポール際への一打が増えた方が、ホームラン数も伸びやすいのでは……と思わないこともない。だが、森下には森下なりの理由、根拠があるはずだ。成績にまったく問題がない以上、いまは静かに見守るのが善というものだろう。
ただ、ベイスターズのシフトは大いに気になる。
機会があれば、その理由について、ベイスターズの関係者にぜひ話をうかがってみたいと思っている。
【文章】金子達仁
【写真】タケダユタカ