鈴木誠也、静かなる進化。大谷時代に輝く“もうひとりの最強打者”

すでに十分な名声は手にしている。カブスと結んだ5年契約は今季が最終年で、年俸は日本円にして20億円台後半に上る規模とされる。来年以降の再契約や年俸の上乗せも十分に見込めるとなれば、収入面でも非の打ちどころはない。アスリートとして成功者か否かという視点から鈴木誠也を見れば、とびっきりの成功者である。

 

本人にしても、まだまだ野球選手として成長していきたいという思いはあるだろう。だが、現在の境遇を不遇だとか、運がなかったとか、そういったネガティブなものとして捉えているとは考えにくい。カブスでの彼は自信に満ちあふれているように見えるし、何より、仲間からも間違いなく信頼されていることがよくわかる。不安や不満に苛まれているアスリートがかもしだせる雰囲気ではない。

 

そのことは重々承知のうえで、しかし、わたしは思ってしまう。

 

世が世なら―――。

 

野茂英雄が海を渡って以降、もう30年以上も日本人メジャーリーガーの系譜は途切れずに続いている。成功を収めた者もいれば、志半ばでの帰国を余儀なくされた者もいる。いずれにせよ、選手だけでなく、見守るしかないファンにとっても、メジャーリーグでの成功は“国民的な憧れ”といっていいレベルにまで高まった。いまや、才能ある野球選手で、メジャーに一切の興味や関心がないという選手を探す方が難しい時代とも言える。

 

つまり、野茂の時代よりも、イチローの時代よりも、メジャーに対する日本人の関心は高まった。ドジャースだけ、マリナーズだけが注目されていた時代から、メジャーリーグ全体に目が向けられるようになった。

 

そんな時代に、鈴木誠也は結果を残し続けている。世が世なら、とてつもない国民的スーパースターになっていただろう。冗談ではなく、国民栄誉賞を受けてもおかしくないぐらいの存在になっていたかもしれない。

 

そもそも、アスリートにとって国民栄誉賞を贈られることが本当にいいことなのかどうかは別として、国としては、国民の団結心を高めたとか、日本の品格向上に貢献したとか、要は国民的英雄に贈りたい賞であることは間違いない。最終的には本人から辞退されてしまったものの、イチローにこの賞を贈ろうとした経緯や意図は理解できる。

 

 

 

では、イチローは何が凄かったのか。なぜ国は賞を贈ろうとしたのか。極論すれば、「日本と同じようにメジャーでも活躍したから」だと、わたしは思っている。

 

オリックス時代のイチローは怪物だった。アンタッチャブルだった。さすがにメジャーではそうもいかないだろうという見方を完全に裏切り、ほぼ日本時代と変わらない成績を残したところに、イチローの偉大さはある。

 

これがどれほど凄いことか。

 

日本のプロ野球には、日本ならではの長所や武器がある。そのことを大前提として踏まえつつも、レベルや総合力ではメジャーが一枚も二枚も上を行くのもまた事実である。2軍での首位打者が必ずしも1軍でタイトルを獲れるとは限らないように、日本での成功や栄誉は、そのままメジャーでの活躍を約束してくれるものではない。

 

実際、海を渡ったほとんどの日本人メジャーリーガーは、打者にしろ投手にしろ、日本時代よりは成績や数値を落としている。日本での豪腕投手は技巧派に分類され、スラッガーは中距離打者として評価される。あの松井秀喜でさえ、そうだった。

 

 

 

ところが、鈴木誠也の成績は、メジャーに行っても大きく落ちていない。厳密に言えば、打率が下がった分、本塁打の数が増えた。多くの指数が下降しがちな平均的な日本人メジャーリーガーと比べると、これは相当に異質である。

 

しかも、メジャー加入後4年間で放った本塁打は計87本。同じく入団4年間で松井秀喜が放った78本を上回っている。シーズン最多本塁打も、松井の31本に対し、鈴木は32本。日本時代の実績やイメージからすると、ちょっと想像しにくいぐらいの逆転が起きているのだ。

 

単独ではないものの、松井秀喜もまた、国民栄誉賞の受賞者である。少なくとも長打力という一点では、松井を超えるペースを刻んでいる鈴木にも、これまでの通例を考えれば、もっと称賛の声が上がっていても不思議ではない。

 

だが、わたしの知る限り、そんな声はほとんど上がっていないし、これからも大きく広がることはないのかもしれない。たとえ鈴木が、日本人メジャーリーガー史上最高にして最強の打者になったとしても、同じ時代には大谷翔平がいる。比較対象は、野球史上最高とも言われつつある存在である。

 

残念ながら、勝ち目はない。

 

ただ、「残念」というのは、あくまでも鈴木本人がそうした栄誉を望んでいる場合に限る。もし本人が、国民栄誉賞のような称号よりも、日々のプレーやチームでの充実を大切にしているのだとしたら、大谷翔平の存在は、むしろ過剰な注目を和らげてくれるものなのかもしれない。

 

野球にしろサッカーにしろ、ひとたび日本を代表する選手、その時代を象徴する存在になってしまえば、その一挙手一投足は舐めるように注目される。ドジャースでの野茂英雄、ペルージャでの中田英寿、そしてマリナーズのイチローは、まさしくそうした日常を余儀なくされた。いい意味でも悪い意味でも、無名だったころとは別人のようになっていった。昔のままでいることを、周囲が許さなかったと言ってもいい。

 

鈴木誠也も、もちろん注目はされている。だが、メディアやファンの執着度、粘着度は、かつての国民的英雄たちや、大谷翔平に対するものほどではないように思える。

 

そのことが、歴代日本人メジャーリーガーの中でも稀有な成長曲線を描いているにもかかわらず、稀有な存在であるがゆえの苦悩から、彼を少し自由にしているのではないだろうか。

 

実力を発揮するうえで足かせになるようなものから、少しばかり自由でいられるのではないだろうか。

 

大谷は「気にしない」と公言しているが、報道する側は、大谷を称賛する材料がどこかに転がっていやしないか、それこそ重箱の隅をつつきまくる勢いで探している。一度どこかのメディアが、もう少しで追い抜きそうな記録を見つけてくると、全メディアがこぞってカウントダウンを始める。

 

だが、昨年の鈴木が松井秀喜の年間最多本塁打に近づいたとき、そのことについて大々的なカウントダウンが始まった印象はない。大谷翔平の出現によって、ゴジラの記録は、以前ほどの絶対的な輝きを持たなくなっていたのかもしれない。おそらく、鈴木がわずらわしさを感じることは、ほとんどなかったことだろう。

 

WBCでのケガでスタートこそ遅れた今シーズンも、鈴木は安定した成績を残している。この原稿を書いている5月19日時点で本塁打は7本。シーズン20本以上も十分に視野に入るペースを刻んでいる。日本が夏休みを迎えるころには、メジャーリーグ通算100本塁打を記録しているかもしれない。

 

それでも、日本のメディアが鈴木をかつてのイチローや松井のように祭り上げることはないだろう。見方によっては、もっと大きく称えられてもいい存在なのかもしれない。だが、カブスで生き生きとプレーする鈴木を見ていると、過剰な期待や称賛から少し自由でいられるいまの立ち位置は、むしろ彼にとって悪くないのではないか――そんな気もしてくる。
 

【文章】金子達仁
【写真】田中雄二(鈴木誠也)、YOSHI SAWA(イチロー)

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