三冠王。なかなか獲れるものではない。というか、普通は獲れない。単なる一流では無理だし、歴史に名を残すような超一流であっても、獲れてない選手の方が圧倒的である。
打率を高めるためにはミート率を高めなければならない。ミート率を高めるためには、ある程度スイングをコントロールする必要もある。つまり、フル・スイングばかりもしていられない。一打席の中で、アベレージ・ヒッターとロング・ヒッター、二つの顔を使い分けていかなければ打率とホームランの両立は難しい。
しかも、高い打率を残し、ホームランを量産するようなバッターは、当然のことながら相手側から警戒される。ランナーがたまった場面では、勝負を避けて歩かせるという選択がとられる場面も増えてくる。つまり、打点を稼ぐのが難しくなる。
となると、三冠王が誕生するためには、バッター個人の能力やバイオリズムはもちろんのこと、その選手の前後のバッターたちが一定以上の火力をチラつかせておく必要がある。
ただ、これも塩梅が難しい。05年の阪神・金本知憲は、打率3割2分7厘、本塁打40本、打点125と打撃3部門で素晴らしい成績を残したが、打点ではチームメイトの今岡誠が147打点を記録し、22打点もの差をつけられた。打率ではヤクルトの青木宣親の3割4分4厘に及ばず、本塁打数でも広島の新井貴浩に3本差をつけられていたため、もとより三冠王の可能性はなかったとはいえ、仮に打率や本塁打で上回っていたとしても、打点王のタイトルはチームメイトによって阻まれていたことになる。
いずれにせよ、三冠王とはかくも生まれがたいものであり、ゆえに、日本プロ野球の歴史を振り返っても、この偉業を達成したのはたったの8人だけである。
ところが、今年に限っては少し様子が違う。
本塁打の数こそチームメイトの森下翔太と激しく競り合っているものの、打率、打点で他を大きく引き離す今年の佐藤輝明には、金本にもできなかった、阪神の日本人選手として初の三冠王への期待がかかる。だが、仮に偉業の達成が成ったとしても、彼が今年の阪神の象徴となるか、文句なしのMVP獲得なるかと問われれば、おそらくは多くの阪神ファンが考え込んでしまうのではないだろうか。
高橋遥人がいるからである。

過去にたった8人しかなし遂げられていない三冠王は凄い。左バッターに圧倒的に不利な甲子園を本拠地にしながら本塁打王を獲得し、今年は大きく打率面を改善させた佐藤輝明も凄い。
だが、三冠王という偉業と比べてもヒケをとらない快挙を、今年の高橋はすでにやってしまっている。開幕から無傷での10連勝。阪神の選手としては、実に79年ぶりの快挙だった。

もちろん、シーズンはまだまだ長い。高橋にもいずれ黒星がつく日が来るだろうし、そうなれば、評価がまた変わってくる可能性もある。それでも、その圧倒的な無双ぶりや、連敗をことごとく食い止めてくれた前半戦の働きを、阪神ファンが忘れてしまうとも思えない。もし阪神が連覇を達成した暁には、佐藤と高橋、どちらがMVPにふさわしいかという大論争が起きるかもしれない。
開幕以来、登板のたびに「今日はハルトだから大丈夫」との確信めいた思いを阪神ファンに与え続けてくれている高橋だが、個人的には、交流戦の中盤あたりから、ちょっと心配なことがあった。
投げれば完封、悪くても完投だった春先、高橋を襲う試練は最終盤にやってきていた。このイニングを抑えれば完封──そんな状況で訪れたピンチを、最後の力を振り絞って押さえ込む。そんなパターンが多かった。
だが、これまで一度もシーズンを通して稼働したことのない高橋である。藤川監督が時折休養のための期間を設けていたとはいえ、登板が続けば疲れも溜まってくる。9回にしか訪れなかったピンチは、やがて8回に起こるようになり、交流戦に入ると7回、6回に山場が来るようにもなった。失点を喫する機会も増え、完投の数は明らかに減った。
単なる部外者ですら感じる微妙な内容の変化を、当の本人が気づいていなかったとは思えない。それだけに、交流戦明けの6月21日、横浜でのベイスターズ戦での完投は、あとになって大きな意味を持ってくるかもしれない。
この試合、高橋はいきなり初回に無死一、二塁のピンチを背負った。表の攻撃で阪神が好機を逃した直後でもあり、先制点を許せば、一気に流れを持っていかれかねない場面だった。
それでも高橋は、続く打者を併殺に仕留め、このピンチを切り抜けた。序盤からギアを上げざるを得ない展開になりながら、そこから大崩れすることはなかった。
9イニングを投げて許したヒット5本。途中、味方のミスも絡んで1点を返されたが、最後までリードを守り切った。
9回裏、2死を奪った場面で高橋が吠えた。最後の打者を打ち取ると、高々と両手を上げた。その姿は、派手なガッツポーズというより、重い仕事をやり遂げた安堵の万歳にも見えた。
最後の最後にギアを上げるという勝ち方ではなく、いきなり最初にエネルギーを注ぎ込まざるを得ない展開。それでも最後まで投げ切れたことは、高橋に新たな自信をもたらしたかもしれない。
自分がイメージする最良の展開にならなくても大丈夫。
序盤で力を使っても、最後まで投げ切る力はまだ残っている。
それを確認できた、小さくはない意味を持つ1勝であり、完投だった。
暑さが本格化する梅雨から夏場にかけては、高橋に限らず、多くの投手にとって過酷な季節である。この日、関東地方の湿度は十分うんざりできるぐらいには高かった。そんな中での完投だったことも、度会を打ち取った直後の強い喜びや、試合を投げきった瞬間の安堵の色になって現れていたのかもしれない。
高橋といえども、いつかは打たれる日、黒星をつけられてしまう日がきっとくる。それでも、交流戦明けの初戦に完投勝利を収めたことで、ちょっと思ったことがある。
まだしばらくは、大丈夫かもしれない。
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【文章】金子達仁
【写真】タケダユタカ