横浜DeNAベイスターズからメジャーへ渡った1年目の今永昇太は、素晴らしかった。

横浜DeNAベイスターズからメジャーへ渡った1年目の今永昇太は、素晴らしかった。

 

すべて先発として29試合に登板し、15勝3敗。防御率2.91、174奪三振という数字は、日本での最終年に残した7勝4敗、防御率2.80、174奪三振と比較しても大きくは変わらない。言ってみれば、内容は日本時代そのままに、勝ち星だけをメジャーで大きく上乗せしたようなシーズンだった。

 

渡米1年目に、日本時代の最多勝を上回る15勝を挙げる。これは決して簡単なことではない。

 

では、なぜ今永はメジャーで勝てたのか。日本でもアメリカでも、さまざまな分析がなされた。その中でよく語られたのが、彼の特徴である“ホップ成分”の高さだった。

 

もちろん、万有引力の支配から逃れられない以上、一度指先を離れたボールが実際に浮き上がることはない。ただ、野球の世界では、球速以上に速く見せることができる。通常よりも沈まないボールは、打者に「浮き上がってくる」ような錯覚をもたらすことがある。今永のファストボールは、まさにそうした類のボールだった。

 

個人的には、そこに近年メジャーで一般化した“フライボール革命”の影響もあったのではないかと思っている。

 

打球角度と打球速度のデータに基づき、ゴロよりもフライを積極的に狙う考え方。日本で長く常識とされてきたレベルスイングやダウンスイングではなく、アッパースイングが推奨されるようになった。

 

理屈はわからなくもない。近年、選手の大型化が進むメジャーでは、先発投手の平均身長は6フィート3インチ、約190センチ前後とされる。そこにマウンドの高さが加われば、ボールが捕手のミットに収まるまでの角度は、平均身長が現在ほど高くなかった時代よりも大きくなる。

 

上から落ちてくるようなボールに対して、最もインパクトのポイントを広く持てる打ち方は何か。ダウンスイングやレベルスイングでは点で合わせるしかないが、アッパースイングであれば線でとらえることもできる。

 

そんなところに登場したのが、公称178センチの今永だった。

 

 

 

平均的なメジャーの先発投手と比べれば、決して大柄ではない。だからこそ、比較的低いリリースポイントから放たれる彼のファストボールは、高いところから叩きつけられるようなボールに慣れたメジャーの打者たちに、打席付近で浮き上がってくるような錯覚をもたらしたのではないか。

 

今永も、その錯覚をうまく利用した。

 

カウントを整え、最後は高めにファストボールを投げ込む。打者がそれを意識するようになると、今度は低めに落ちるボールが生きる。打者心理を読み切ったような投球術は、なるほど、アメリカのメディアが彼を「投げる哲学者」と呼びたくなるのもわかる内容だった。

 

ただ、順風満帆な航海は続かなかった。

 

さらなる飛躍が期待されたカブスでの2年目、メジャーの打者たちは1年目とは違う一面を見せ始めた。端的に言えば、哲学者に翻弄されるだけではなくなった。

 

それが表れたのが、奪三振率だった。

 

1年目は9.03だった奪三振率が、2年目には7.28にまで落ち込んだ。日本での最終年に10.58、その前の2年間も1試合あたり8個以上の三振を奪ってきた今永からすると、明らかに低い数字である。

 

一方で、同じく公称178センチの山本由伸は、メジャー移籍後も高い奪三振率を維持している。そう考えると、「メジャーの打者が、低いリリースポイントやホップ成分に慣れたから」という説明だけでは、今永の変化を十分には語り切れない。

 

山本は変わらず三振を奪い続け、今永はそうではなくなった。防御率も、1年目から大きく崩れていない山本に対し、今永はやや苦しむ数字となった。2年目途中からは、被本塁打の多さも課題として指摘されるようになった。

 

何より大きく見えたのは、勝敗のバランスである。

 

15勝3敗だった1年目があまりにも鮮烈だっただけに、2年目の9勝8敗という成績に物足りなさを覚えたファンやメディアがいたとしても、それは仕方のないことだったのかもしれない。さらに、3年目となる今季も、2026年6月26日時点で5勝6敗と黒星が先行している。

 

なぜ、こうなったのか。

 

 

 

言うまでもなく、この命題と誰よりも真剣に向き合っているのは、今永本人だろう。1年目の成績は、偶然や幸運だけで手にできるものではない。圧倒できたのには理由があり、打たれるようになったのにも理由がある。

 

球質の軽さ、高めの釣り球への慣れ、配球への対応。識者によってさまざまな要因が語られるが、おそらく、そうしたことは本人が誰よりも早く自覚しているに違いない。

 

一昔前であれば、メジャーで活躍する日本人選手はまだ少数派だった。日本人投手が少しでも苦しめば、地元メディアだけでなく、日本のメディアも大きく取り上げていただろう。

 

しかし、時代は変わった。

 

今では、投打ともにメジャーで活躍する日本人選手は珍しくなくなった。アメリカで投げている、打っているというだけで、日本のファンの関心を一身に集める時代ではない。

 

さらに、大谷翔平の存在に加え、山本由伸の活躍によって、ドジャースは日本人にとって国民的球団のような存在感を帯びるようになった。勢い、他球団に所属する日本人選手の扱いは小さくなりがちで、今永もその影響を受けている選手の一人といえる。

 

ただ、これは悪いことばかりではない。

 

プロアスリートにとって、注目はエネルギーになることもあれば、精神を蝕む毒になることもある。“投げる哲学者”と呼ばれるほど、投球を突き詰めようとする男にとって、周囲の雑音に過度に振り回されない環境は、むしろ福音なのかもしれない。

 

データを見る限り、回転数が大きく落ちているわけではない。ファストボールの威力が失われたわけでもない。球速も極端に低下しているわけではない。

 

おそらくは、その世界に生きる者にしかわからない、ほんの些細な、しかし決定的なズレがあるのだろう。

 

たしかに勝敗や防御率だけを見れば、今永は苦しんでいるように映る。ただ、すべてが悪化しているわけではない。武器そのものが消えたわけではなく、問われているのは、その武器をどう使い直すかである。

 

高めのファストボールをどう見せるのか。低めの変化球をどう生かすのか。打者が慣れてきた中で、もう一度、どんな錯覚を作り出すのか。

 

そうした問いに向き合う力こそ、今永昇太という投手の強さでもある。

 

メジャー1年目の輝きを、今永は再び取り戻すことができるのか。

 

門外漢には到底答えることのできない問いである。それでも、取り戻すための環境は決して悪くない、とわたしは思う。

 

彼には、すでにメジャーで勝てることを証明した実績がある。
 

自分のボールを言葉にし、投球を組み立て直す知性がある。
 

そして何より、変化に向き合うだけの覚悟がある。

 

ゆえに、答えは──イエスである。

 

 

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【文章】金子達仁
【写真】田中雄二
 

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