2026年7月5日、スポーツデポ フラッグシップストア札幌月寒店で、元北海道日本ハムファイターズの増井浩俊さんによるトークショーイベントが開催された。
会場には、抽選で選ばれた50名が参加。北海道日本ハム、オリックス・バファローズで活躍し、先発、中継ぎ、抑えのすべてを経験した増井さんの言葉に、集まった野球少年たちは真剣な表情で耳を傾けた。

冒頭、増井さんは「今日は天気も良くて、お出かけ日和なのに、僕のトークショーに来ていただいてありがとうございます」と笑顔で挨拶。野球を始めたきっかけや、プロを目指した日々を振り返った。
増井さんが野球を始めたのは小学4年生。小学校3年生の時に参加した地元のソフトボール大会で、少年団に入っている子どもたちが活躍する姿を見て、「野球をやっている人ってかっこいいな」と感じたことがきっかけだったという。

小学校6年生からピッチャーを務めるようになったが、当時の自身については「球だけ速くて、コントロールはめちゃくちゃでした」と率直に語った。それでも、自分の武器である球速を突き詰めることで、フォアボールは減っていったという。
「スピードに自信を持てるようになってからは、『甘くてもいい』と思えるようになりました。自分の得意なところを突き詰めることで、コントロールの部分を補ったという感じです」
プロへの道のりは、決して一直線ではなかった。静岡高校、駒澤大学、東芝を経て、2009年のドラフト5位で北海道日本ハムファイターズに入団。高校や大学から直接プロ入りするのではなく、社会人野球を経て夢をつかんだ。。
それでも増井さんは、小学生の頃からプロ野球選手になることを夢見ていた。

「プロになれなかったら、小学校4年生から野球だけをやってきた自分の人生は何だったんだ、となってしまうと思っていました。だから絶対にプロになると思ってやっていました」
社会人3年目、25歳の年には「今年ドラフトにかからなければ、プロにならずに終わってしまう」と強い危機感を抱いたという。だからこそ、子どもたちに伝えたいのは、諦めずに続けることだ。
「本当に努力していれば少しずつでも伸びる。野球に限らず、何でも最後まで諦めずにチャレンジしてほしい」
■球速アップにつながった短距離ダッシュ

トークショーでは、球速アップにつながった練習についても話が及んだ。増井さんが重視していたのは、長距離走ではなく短距離ダッシュだった。
「速い球を投げる人は、短距離が速い人が多いと思っていたんです。だからスプリント系、短距離は頑張って鍛えました」
具体的には、20~30メートルほどの坂道ダッシュを繰り返していたという。走るスピードが上がるほど、投げる球も速くなり、最終的には155キロまで到達した。
「10本くらいでいいと思います。短い距離は結構パワーを使うので、全力でやることが大事です」

子どもたちからの質問コーナーでは、より実践的なアドバイスも飛び出した。
少年野球の練習について聞かれると、増井さんは「小学生くらいの時は、楽しく野球をやるのが一番」と回答。自身が少年野球の監督をするなら、1日に1回はゲーム形式の練習を入れるという。

「やっぱり楽しくないと続かないんです。『今日も野球の練習に行きたい』と思わせてあげることが大事だと思います」
コントロールを良くする方法については、「頭をなるべく動かさないこと」と説明。両目でキャッチャーをしっかり見て、目線を外さないことが大切だと語った。
また、キャッチボールでは「なるべく低く、強い球を投げること」を意識していたという。距離が離れても、無理に遠くへ投げようとする必要はない。自分が強く、低く、フォームを崩さずに投げられる距離で、相手の胸に投げることが大事だとアドバイスした。
「今、周りに負けていたとしても、いつか抜かせばいい。焦らなくていいし、今無理することはないと思います」
■大谷翔平の素顔。「映画を見た後にウェイトをしていた」

13年間のプロ生活を振り返る場面では、北海道日本ハム時代にともにプレーした宮西尚生投手、大谷翔平選手、斎藤佑樹投手、ダルビッシュ有投手らの名前も挙がった。
なかでも宮西投手については、「リリーフのいろはをすべて教わった」と感謝を口にした。
一方、トークショー後半では、現在メジャーリーグで活躍する大谷選手、山本由伸投手の話題にも触れた。増井さんは2人について、「人よりも努力していたし、野球がうまくなりたい、誰よりも負けたくないという気持ちの強さは、一緒にいて感じました」と振り返る。
なかでも会場の関心を集めたのが、大谷選手の素顔にまつわるエピソードだった。
増井さんが初めて大谷選手と出会ったのは、大谷選手が高卒で北海道日本ハムに入団した頃。当時の印象を、増井さんは「やんちゃ坊主でしたよ」と笑顔で語る。

「すごく可愛らしい、愛され力のある人でしたね。真面目なんだけど、真面目すぎない。なんか許せちゃう感じがありました」
札幌の寮で一緒に生活していた頃には、休日前の夜に有原航平投手らと集まり、ホラー映画を見たこともあったという。映画を見終えた後、廊下でお互いを脅かし合ったこともあった。
ただ、そこで終わらないのが大谷選手らしいところだ。
「その後にウェイトをしていましたけどね。映画を見終わった後に。そこが違いました」
仲間と過ごす時間を楽しみながらも、その後は自分のトレーニングに戻る。その切り替えに、増井さんは大谷選手らしさを感じていた。
増井さんは、大谷選手について「みんなに愛される力がある」と表現し、「ワンピースのルフィではないですけど、主人公みたいな人」と語った。
今年4月には、ロサンゼルスで大谷選手、山本投手とも再会したという。ドジャースのベンチ裏に呼んでもらい、大谷選手とは約9年ぶりに対面。それでも「9年前と変わらない感じで普通に接してくれた」といい、「行ってよかった」と嬉しそうに振り返った。
■道具選びは「テンションが上がるもの」を

話題は現役時代の道具にも広がった。増井さんが持参したのは、現役最後に使用していたZETTのグラブ。投手用としてはかなり小さめで、セカンド用より少し大きい程度だという。

「グラブが重いと、ブレが上半身のブレにつながるので、なるべくコンパクトで軽くしてもらうことにこだわっていました」
ウェブ部分には、蝶と蜂を組み合わせたデザインを採用。モハメド・アリの「蝶のように舞い、蜂のように刺す」という言葉が好きで、そのイメージを込めたものだった。
さらに、指の位置にも細かな工夫があった。通常よりも人差し指の位置を中指側へずらし、左手を握り込みやすくしていたという。

「投げる時に左手を握るんですけど、指が開いていると力が入りづらいんです。だから指をくっつけてもらって、握る力が入りやすいようにしていました」
一方で、子どもたちに向けた道具選びのアドバイスはシンプルだった。

「自分のテンションが上がるものがいいと思います。好きじゃないと大事にしないですしね」
色やデザインも含め、自分がかっこいいと思えるものを選ぶ。そうすることで、身につけた時に「強くなった気がする」「うまくなった気がする」と気持ちが乗る。もちろん重さや扱いやすさは考える必要があるが、まずは自分が好きになれる道具を選ぶことが大切だと話した。
■マウンドでは「強い自分を演じていた」

終盤には、子どもたちや保護者からの質問も寄せられた。試合中の心構えを聞かれると、増井さんはこう答えた。
「自分が最強だと思って、自信を持って投げていました。マウンドの上で不安になったら負けなので、投げている時は『自分が一番強い』と思っていました」
ピンチの場面でも、「大丈夫、俺なら大丈夫」と自分に言い聞かせていたという。増井さんはそれを「強い自分を演じる感覚」と表現した。
保護者からは、子どもに練習を促す時の声かけについても質問があった。増井さんは、自身の親から「練習しろ」と言われたことはほとんどなかったと振り返ったうえで、自分の子どもにも、直接的に「やれ」とは言わないようにしていると語った。

「やった方が次の試合でいいプレーができるんじゃない?」と、本人が自分でやる気になるように促す。大切なのは、うまくなりたいという気持ちを本人が持つことだ。
「自分がうまくなりたいと思わないと続かない。うまくなりたいなら、できる範囲でいいから頑張ってほしいですね」
最後に増井さんは、会場の子どもたちへメッセージを送った。

「野球をどんどん好きになってほしいですし、いつまでも続けてほしいなと思います。野球だけに限らず、自分が頑張ろうと思ったことは、続けていけば絶対に何かしら結果が出ると思います。諦めずに続けていくことが大事です」

野球がうまくなるための技術だけでなく、続けること、焦らないこと、自分を信じること。増井さんの言葉は、会場に集まった野球少年たちにとって、明日からの練習に向かう大きなヒントになったはずだ。
イベントレポートの後には、アルペングループマガジンの特別インタビューの模様をお届けします。
■増井浩俊さん特別インタビュー「こうしなさい」ではなく、ひとつの案として伝える
――本日のトークショーを終えて、率直な感想を聞かせてください。

北海道に戻ってきて、一人でトークショーをするのは初めてだったんです。昔から知ってくださっている方もいたと思いますし、今日初めて来てくれた子もいたと思います。そういった方々に話を聞いてもらえて、少しでも楽しんでもらえていたら良かったなと思います。
――野球教室など、普及活動にも取り組まれています。子どもたちと向き合うときに心がけていることはありますか。

あまり「こうしたほうがいい」と決めつけて言わないことですかね。
人それぞれ、合う・合わないがあると思うので、「こういうやり方もあるよ」とか、「こうしたほうがいいかもしれないね」という伝え方をするようにしています。「絶対にこうしなさい」とは言わないようにしていますね。
自分で「いい」と思って続けることが大事ですし、僕がいいと思っていることが、全員に当てはまるとも思っていません。だから、「僕はこうやっていたら良くなったよ」というように、ひとつの案を出す感覚で伝えています。
――アルペングループマガジンは学生の読者も多い媒体です。もし学生時代に戻れるとしたら、どのような練習やトレーニングを重点的に行いたいですか。
僕は社会人になるまで、ウェイトトレーニングを一切してこなかったんです。高校、大学とウェイトをやってこなかったので、そこはもう少し早くやっておけばよかったなと思います。
そうすれば、もっと早く球も速くなっていたかもしれないですし、もっとレベルアップできていたのかなと思います。ウェイトトレーニングを始めたのが少し遅かったという思いはありますね。
――ウェイトトレーニングを始める時期については、どう考えていますか。

身長が伸びるのが止まったら、本格的に始めてもよかったのかなと思います。成長が止まったあたりから、しっかり取り組んでもよかったですね。
――ピッチャーの場合、上半身と下半身では、どちらを重視すべきだと思いますか。
基本的にはバランスよくやったほうがいいと思います。ただ、胸まわりはあまりつけすぎないほうがいいかなと思いますね。腕もあまり太くしすぎないほうがいいと思います。
胸まわりに筋肉がつきすぎると、腕が振り切れなくなることもありますし、腕が重くなれば、その分、肩や肘にかかる負担も大きくなると思うんです。ピッチャーの場合、つけすぎることで故障のリスクにつながることもあるのかなと感じます。
一方で、踏ん張る力やバランスを保つのは下半身なので、下半身はある程度しっかりしていてもいいと思います。
――最後に、今後どのように野球と関わっていきたいかを聞かせてください。

今、野球人口は減っているのかなと思います。僕の父親も少年野球の監督をやっているんですけど、今は隣の学区と合同チームになっているそうです。本当に、野球をやる子が少なくなってきていると言っていました。
だからこそ、野球の楽しさをもっと広めていきたいです。自分がやってきたことで、今野球をやっている子どもたちの力になれるのであれば、何かできたらいいなと思っています。
今も野球教室をやっていますが、そういう機会をもう少し増やしていきたいです。日本の野球はすごくレベルアップしているので、その手助けが少しでもできたらと思い始めています。
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【写真】佐藤ゆたか
【取材・文章】池田鉄平