箱根駅伝を象徴するのが山区間だ。「山の神」や「下りのスペシャリスト」という名称を聞いたことがある人は少なくないだろう。「山上り」の5区は往路のアンカーで、「山下り」の6区は復路のスタート。ともにチームの命運を握るポイント区間だ。では、監督はどのように特殊区間の適性を見極め、本番に向けてアジャストさせていくのか。そのリアルをお伝えする。
10区間のなかでも、5区と6区は、比較的早い時期から候補が絞られる。特に5区は特殊といえるだろう。高校駅伝には箱根5区のように長時間上り続けるコースがほとんどない。そのため、高校時代の実績だけで「山上りに強い選手」を見抜くのは簡単ではない。
ランニングフォームや練習での動きを見て、「この選手は山に向いている」と目星をつけることはできる。しかし、アップダウンのあるコースに強くても、箱根5区で強いとは限らない。箱根常連校には特殊区間の育成や調整に関するノウハウが蓄積されている。それでも「山の神」と呼ばれるような選手を狙って育成するのは難しいようだ。
5区の距離は20.8km。3km過ぎから本格的な上り坂が始まり、16km付近までに標高差約800mを一気に駆け上る。その後は、下り基調のコースとなり、攻略が難しく、最もタイム差がつく区間だ。
上りに強いだけでなく、基本的な走力も必要不可欠。そして苦しくなったときに、どこまで粘れるのか。いくつもの条件が重なって、初めて〝神〟の領域に近づけるのだ。「山の神」と呼ばれた順大・今井正人と青学大・神野大地も1年時から5区要員だったわけではない。初出場時は2区を走り、その後、5区にコンバートされている。

夏合宿から始まる「山上り選考」
適性を確認するうえでわかりやすいのが、実際の箱根のコースを走ることだろう。しかし、箱根駅伝は直前の「試走」が禁じられているため、多くの大学は秋に本番コースを確認する。交通量の少ない早朝に走ることが多く、他大学と遭遇することも。そのため、「○○選手が上っていた」「○○選手が6区で好タイムを出したらしい」といった情報が関係者の間を駆け巡ることも少なくない。また夏合宿では、各大学が山上りを想定したトライアルを行っている。
たとえば青学大は今夏、長野・菅平高原で約3週間の合宿を実施。その間に恒例の上り坂トライアルを2度行った。1回目は鳥井健太(4年)、平松享祐(4年)、黒田然(3年)、飯田翔大(3年)、榲山一颯(2年)がトップ5。2回目は鳥井、黒田、新見春陽(1年)、飯田、村上直弥(4年)の順だった。
青学大は従来の区間記録を1分55秒も短縮する1時間07分16秒を叩き出し、「シン・山の神」と呼ばれた黒田朝日(現・GMOインターネットグループ)が卒業。4連覇を目指すチームにとって、誰が黒田の後を継ぐのかは大きなポイントになる。夏の上り坂トライアルは、その候補者を探す重要な材料のひとつになっただろう。
筆者が昨年、中大の山形・蔵王合宿を取材した際にも、朝練習で上り10kmのタイムトライアルが行われていた。標高約1000mから同1600mまで駆け上がるコースで、トップは溜池一太。鈴木耕太郎が2位、柴田大地が3位だった。なお、このコースで東洋大も夏合宿中に10kmのトライアルを行っている。過去のデータから、選手が本番コースをどれぐらいのタイムで走るのか〝計算〟して、オーダーを考えていく。
ただし、上りのトライアルが速かったからといって、その選手が必ず5区を走るわけではない。溜池は箱根本番で2区を担当。一方、5区を任されたのはトライアル3位の柴田だったが、「自分は5区の適性はないかなと思います」と話していた。結果は、トップでタスキを受けながら、1時間12分16秒の区間11位。青学大・黒田朝日に3分24秒差を逆転されている。
箱根駅伝の2区と5区で区間賞を獲得した経験のある中大・藤原正和駅伝監督は山上りについて、こう話していた。
「エースを上らせる時代になってきていますが、『俺がやる』という意志が必要です。中途半端では戦えません」
走力や上りの適性だけではない。過酷なコースで勝負する覚悟も必要になる。
山の候補探しは夏合宿だけではない。今年6月の富士山須走五合目競争「登りの部」(11.8km)には各校の山候補が出場。木村隆晴(東洋大2)が51分36秒で制し、鈴木富大(神奈川大1)が5秒差の2位、田中颯眞(東海大2)が3位に入った。
こういったローカル大会の結果も、山上り候補を見極める材料になっている。彼らのなかから来年1月2日、実際に箱根の山を駆け上がる選手が出てくるかもしれない。

山下りの6区は「怖がらない」ことも才能
5区を逆走するかたちの6区も単純な走力だけでは決まらない。急坂では1km2分30秒を切るようなスピードになることもある。スピードが出ることへの恐怖心から脚でブレーキをかけると、ペースが落ちるだけでなく、脚へのダメージも大きくなる。急な下りでも回転率を落とさず、前へ進み続けられるか。速く下る技術とともに、怖がらずに攻め続ける気持ちも必要だ。
そのため16人のエントリーでは、平地区間を走れる選手も含めて、5区と6区の候補をそれぞれ複数準備しているチームが多い。
今年の箱根駅伝6区で区間記録に1秒差と迫る好タイムで区間賞に輝いた創価大・小池莉希は、夏前から6区の準備をしてきた。チーム内には小池を含めて「3~4人」の候補がいたが、小池以外の選手は故障もあって、なかなか6区の選手が決まらなかったという。
小池は往路候補でもあったが、榎木和貴監督は、彼の〝キャラクター〟も考慮して、11月中旬に6区で起用する方針を固めたという。
「小池は調子に乗るタイプです。彼の良さでもあるんですけど、1区や3区だと自分で(集団を)引っ張って、自滅する恐れがある。6区は時差スタートですし、さほど周りに影響されずに、小池の良さをすべて出せるかなと思っていました」
この采配がズバリと的中したかたちだ。
山の選手は簡単に代えが利かない。直前に体調不良が起きる可能性も考えれば、「この選手しかいない」という状態はリスクになる。
箱根駅伝の区間配置は、1区から順番に決めていくわけではない。まずは「花の2区」と、代えの利きにくい「山区間」(5区、6区)を考える。そのうえで、高速レースに対応できる1区、それから残りの平地区間を組み立てていく。もちろん、チーム事情によって優先順位は変わる。
たとえば、山上りに最も強い選手がチーム随一の走力だった場合、その選手を2区に起用したほうがチーム全体ではプラスになるかもしれない。つまり「5区に最も向いている選手=5区を走る選手」とは限らないのだ。
エースを2区に投入するのか。山を誰に任せるのか。そしてライバル校に対して、どこで勝負を仕掛けるのか。箱根駅伝の区間配置は、10個のピースを使った巨大なパズルを完成させるような作業といえる。
そして、そのパズル作りは年末に突然始まるわけではない。特に5区と6区については、春から候補を探し、夏合宿で適性を確認し、秋の駅伝や記録会で走力と状態を見極めながら、絞り込んでいく。
正月、箱根の山を力強く駆け上がる選手、猛烈なスピードで下ってくる選手を見たとき、なぜ彼らがその区間を任されたのかにも注目していただきたい。その背景を知れば、チームの戦略やカラーが見えてくる。箱根駅伝の楽しみ方が、またひとつ増えるはずだ。

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【文章】酒井政人
【制作】RUN.MEDIA