Jリーグが発足した93年、各地のスタジアムはおしなべて満員だった。入手困難になってしまったチケットを巡って恐喝事件が起きたこともあった。
陰りが見え始めたのは95年あたりだったか。
初年度に17,976人、94年に平均19,598人を記録した平均観客動員数が、95年になると16,922人、一気に3,000人ほど低くなった。98年のW杯に日本代表が初めての出場を決めるまでこの下降傾向は続き、「やはり日本人にサッカーは向いていなかった」といった論調が再び幅を利かせるようになる。
当時、専門誌の記者として全国各地のスタジアムを回っていたが、最初に「あれ?」と感じたのは広島だったように記憶している。当時の本拠地だった広島ビッグアーチは、よほどのカードでないと満員になることは珍しい会場だったが、それにしても、ずいぶんと空席が目立ってきたように感じられたのだ。
首都圏や近畿圏では見えない現実が、広島では見えることがある。以来、わたしはそんな風に考えるようになった。
なので、昨年あたりからちょっと心配していることがある。
3連覇を達成した2010年代後半、広島はセ・リーグの中でもっともチケット入手が困難なスタジアムだった印象がある。09年のマツダ・スタジアム開場以降、気が向いたら当日券が買えた時代は完全に過去のものとなり、“カープ女子”と呼ばれる新たなファン層の開拓にも成功していた。見方を変えれば、市民球場時代を大幅に上回る入場収入を確保したことが、長く続いた低迷期にピリオドを打つ大きな要因だったということもできる。
だが、昨年の中盤あたりから、マツダ・スタジアムのスタンドには空席が目立つようになってきた。チームが発表している数字では、コロナ明け以降の平均観客動員数は横ばいで、大きな下降線を描いているわけではない。それでも、年間で220万人を動員した19年あたりと比べると、ずいぶんとチケットが購入しやすくなったのは間違いない。
だからなのか。それとも、単なる編成上の問題なのか。

かねてより日本球界復帰を公言していた前田健太に、広島はオファーを出さなかった。15年、黒田博樹に4億のオファーを提示した球団が、今回は約2億とされた前田の獲得を見送った。報道を見る限り、あくまでも前田の現状やチームの若返りを睨んだ上での判断だったということのようだが、部外者からするといささか首をひねりたくなるところではある。
確かにここ数年での前田は、アメリカで結果を残せずにいた。ヤンキースでの最終年に11勝を挙げていた黒田と同列に論じることができないというのはよくわかる。
ただ、黒田同様に広島のファンから愛され、黒田同様に広島への復帰が期待され、また本人もそれを望んでいたにも関わらず、そして陰りが見えるチーム状況へのカンフル剤も果たせそうだったOBに対する今回の決断は、忍び寄りつつある広島の苦境を象徴しているようにわたしには思えた。
もちろん、獲得を見送った決断が吉と出るか凶と出るかは、今後のシーズンを見てみなければわからない。4月17現在、前田は2試合に先発して0勝1敗、防御率2.45ながら、4月7日の日本ハム戦では4回途中に右足の違和感を訴え、途中降板を余儀なくされている。まだ2試合とはいえ、合格点がつけられる状態ではない。
ただ、これはあくまでも広島側から見た場合の話。前田の立場から考えてみると、また違った側面が浮かんでくる。
年齢的な衰えによるものなのか、はたまた単に不調の時期が長引いているだけなのか、いずれにせよ、ここ数年の前田が全盛期とは遠い状態にあるのは間違いない。
そんな状況であっても、ひとたび古巣に復帰してしまえば、周囲が期待するのは当然のことながら“黒田の再現”である。主戦投手としてチームの大黒柱となるだけでなく、精神的な支柱として若い選手たちを牽引した黒田同様に働いてほしい、いや、働いてくれるはずだという期待が、ここ2年結果を出せていない投手にのしかかる。
これは相当な重荷である。
だが、楽天で期待されるものは、広島とは少し違う。もちろん、主戦投手としての役割は期待されているが、同時に、このチームのファンは鳴り物入りで復帰した田中将大でさえ、かつてのような活躍はできなかったという経験を経ている。田中よりも年齢を重ねた状態で日本球界に戻ってきた前田に、黒田や田中にかけられたような期待が寄せられるものだろうか。
もちろん、選手によっては寄せられる期待が大きければ大きいほど力を発揮するタイプもいないわけではない。というより、全盛期の前田はまさしくそうしたタイプのピッチャーでもあった。だが、メジャーでの最後の1年、たった8イニングしか投げていない37歳に、かつての輝きを求めてしまうのはいささか酷というものでもある。

新天地を楽天にしたことで、26年の前田は、周囲からの重圧ではなく、内から沸き上がる闘争心をエネルギーにしやすい環境を手にした。「最後の華を咲かせてやろう」との思いは広島に復帰していても得られていただろうが、今回の移籍は「自分に声をかけてくれなかった古巣を見返したい」との反骨心につながる可能性がある。これは、移籍先が広島でなかったがゆえに生じたプラス材料と言える。
では、今年の前田はやれるのか。
21年に日本球界に復帰した田中の“第二期NPB通算成績”は、25勝35敗(26年4月18日現在)と、およそ大黒柱とは言い難い数字しか残せていない。ただ、背水の陣で迎えたであろう今年は、3試合に登板して2勝0敗、防御率2.41と上々のスタートを切っている。中学時代から意識しあっていたという同級生の奮闘は、前田にとっても大きな刺激になることだろう。
途中降板を余儀なくされた4月7日の楽天戦、前田のファストボールは常時140キロ台後半を記録していた。4月17日の阪神戦に登板した田中の直球が140キロ台前半から中盤に留まっていたことを考えても、「心配されたほどの衰えはいまのところ見られない」ということは言えると思う。ある程度真っ直ぐで押せるという計算が立てば、定評のあった多彩な変化球もより生きてくる。
なので、ケガがなければ、という条件付きではあるものの、7~8勝は期待できるのでは、というのがわたしの見立て……というか、願望である。
大谷翔平を筆頭に、いまや多くの日本人選手がメジャーで活躍する時代となったが、これまでのところ、もっとも多くのメジャーリーガーを輩出した高校はどこか、ご存じだろうか。
PL学園である。
前田健太は、NPBにやってきた最後のPL学園OBである。
現在野球部が休部していることもあり、今後PL学園出身のプロ野球選手が誕生する可能性は、目下のところ、限りなくゼロに近い。彼と、昨年まで“最後のPL戦士”として注目されることもあったオリックスの中川圭太だけである。
前田が復帰先を楽天に選んだことで、今年、NPBの舞台では11年ぶりに“PL対決”が実現する可能性が出てきた。ここ数年、オリックスで安定した成績を残している中川は、楽天戦でもスタメンを任されることになるだろうから、あとは、前田の状態が、あるいはローテーションがどうなるか、である。
基本、ライブでは阪神の試合以外観戦しないわたしだが、オリックス戦に前田が先発する際は、おそらくはチャンネルをあわせてしまうことだろう。願わくば、それが何回でもあらんことを、来年以降も続かんことを。
【文章】金子達仁
【写真】タケダユタカ