つくづく、サッカーはわからない。
いや、わかってしまったらサッカーはもちろん、スポーツの魅力は激減してしまうのだが、それでも、全盛期のイチローは、どこでプレーしてもイチローだっただろうし、大谷翔平は、どこのチームにいても二刀流で注目されたことだろう。
佐藤輝明は、どこに指名されていても佐藤輝明だっただろうし。
だが、21年の大久保嘉人は、20年の大久保嘉人とはまったく違う。
1年前、彼が所属していたのはJ2の東京ヴェルディだった。監督が国見高の先輩だった永井英樹だったというのが大きかったのだろうが、1部のチームから魅力的なオファーがなかったから、と見ることもできる。
元日本代表のベテランが下部リーグでプレーするのは、日本に限らず、少しも珍しいことではない。チームの大きな力となり、最後の花を咲かせる選手も数多くいる。
大久保の場合は違った。
彼は、たったの1ゴールさえも、ヴェルディのためにあげることができなかった。
役に立たなかった、というわけではない。内外での経験が豊富な大久保の助言は、ユース上がりの選手が多いヴェルディを大きく成長させた。
わたしが個人的に「日本のチアゴ・アルカンタラになれるのでは……」と密かに期待している藤田譲瑠チマは、パスの受け手としての大久保からタテに入れるパスを要求され続けたことで才能を開花させた。トップチームに昇格してわずか1年で彼は徳島に引き抜かれていったが、このステップアップに大久保が大きく絡んでいるのは間違いない。
とはいえ、シーズンを通じて無得点という結果は、あまりにも重い。
古今東西、得点力のある選手を望まないクラブはない。どんな国の、どんなカテゴリーのチームであれ、財布の中身と相談しながら、鵜の目鷹の目でストライカーを探している。だが、探す側からすると、昨シーズンの大久保からポジティブな要素を見つけ出すのは簡単なことではなかったはずだ。
これがもし、監督と衝突して干されていたから、とか、主力選手とウマが合わなかった、といった噂でも流れていたら、「ウチならば」と考えるクラブはもっと多かったことだろう。だが、昨年の大久保は、監督からは「切り札」と信頼され、その経験を慕う若手も多い環境にいた。
普通であれば、「終わった」と判断されてもおかしくない。
多くの目利き、専門家にとっても、だから、今季の大久保の復活は驚きだったはずだ。
では、なぜJ2で1点も取れなかった選手が、J1でゴールを量産できたのか。
J2で取れなかった理由について、ヴェルディの永井監督は言っていた。
「あいつが欲しいタイミングで、欲しいパスを出してあげられる選手がウチにいなかったってことですかね」
釜本邦茂やイブラヒモヴィッチのような“お山の大将”的なストライカーはいざ知らず、現代のストライカーのほとんどは、パッサーとの関係性によって存在を証明している。決して体格に恵まれているとはいえない大久保は、もちろん、圧倒的多数のタイプである。ドリブルで最終ラインを切り裂いて……というより、瞬間的な速さ、出足で勝負するパターンが多いことを考えれば、信頼できるパッサーへの依存度は一際、高い。
もちろん、そんなことは大久保が一番よくわかっている。わかっているからこそ、彼は徳島へ引き抜かれることになる藤田を始め、若いヴェルディのパッサーたちに逐一伝えていったはずである。
ところが、経済的に豊かなクラブとは言えなくなってしまったヴェルディは、シーズンの途中にもどんどんと主力が引き抜かれていった。シーズン開幕前から大久保が蒔いた種の多くは、収穫を待たずして刈り取られてしまった。
さらにいうなら、日本代表はもちろん、リーガやブンデスリーガでもプレーした大久保は、J2の中では突出したビッグネームだった。対戦相手のディフェンダーが警戒すべき最初のターゲットとして目を向けるのは、もちろん、大久保だった。
セレッソには、ヴェルディよりも優れたパッサーがいた。そして、対戦相手にとっての大久保は、必ずしも最優先で対処を考えなければいけない選手ではなかった。
ヴェルディではできなかった点のとり方が、セレッソではできるようになった。ゴール前で一瞬守備陣の視野から姿を消し、ほんの数センチだけ先にボールにコンタクトするという得意の形ができるようになった──。
ほんの数カ月前、こんな大久保嘉人が見られることをわたしは予想していなかった。つくづく、サッカーはわからない。だから、これから数カ月後、大久保嘉人が5月現在と同じく驚異の存在であり続けるかどうかも、正直、わからない。
シーズン序盤の彼がゴールを量産できたのは、厳しい見方をすれば、対戦相手の側に幾ばくかの油断があったから、でもある。昨シーズンの成績からすれば、最大限の注意を払え、という方が難しかっただろう。
いまは、もう違う。
もう終わったと見られ欠けていた大久保嘉人は、再び、恐るべき大久保嘉人として認められるようになった。
セレッソのパッサーたちが大久保にゴール前から一瞬消える時間を作るためにボールを動かしても、対戦相手のディフェンダーたちは、2つだけでなく、4つ、6つの眼でセレッソの背番号20を追う。そこから姿をくらますのは、容易なことではない。
さて、大久保嘉人はどうなるか。
わからない。だから、面白い。
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