数年間ほど、日本カー・オブ・ザ・イヤーの選考委員なる大層な肩書をいただいていたことがある。
楽しい仕事ではあった。日本のみならず、世界中の新車を片っ端から乗りまくる。日産がGT-Rを発売した時などは、ポルトガルのサーキットで行なわれた試乗会に招待してもらった。F-1やインディといったレースイベントへの招待は、ほとんど日常茶飯事といってもいいぐらいだった。
もちろん、楽しさには代償があった。イヤ・カーの決定が近づいてくると、お世話になったメーカーのいろんな人からの「ウチのクルマをお願いします」的なお電話がじゃんじゃんかかってくる。それが何年か続くと、人一倍八方美人なわたしは愛想を振りまききれなくなった。かくして、せっかくいろんな方から推薦していただいた選考委員の座を、辞退させていただくことにしたのだが、いろいろなことを教えられ、考えさせられた数年間であったことは間違いない。
とりわけ印象に残っているのは、いわゆるフルモデルチェンジである。メーカーからすれば、先代モデルの良さを生かしつつ、先代にはない良さもアピールしなければならないわけで、そこは各担当者の腕の見せ所となる。
驚いたのは、日本車メーカーはもちろんのこと、世界中ほとんどのメーカーが、この難事を見事にクリアしていることだった。これがサッカーのスパイクであれば、型落ちであってもニューモデルより魅力的、という例も珍しくないが、自動車の場合、ほぼ間違いなく、新型車の方が多くの面で優れている。
自動車業界には「最良のポルシェは最新のポルシェ」という言葉があるが、これは、ポルシェだけに限った話ではない。もちろん、古いクルマには古いクルマならではの味があるのも事実で、そうしたクルマを愛する人も珍しくはないが、よほどの知識と情熱がないと、すぐに嫌気が差すことになる。わたしの場合、憧れて憧れて憧れまくったランボルギーニ・カウンタックとロータス・ヨーロッパを運転させてもらったと同時に、「あ、無理」と思ってしまった。特に、サスペンションの具合やブレーキの貧弱さには、冷や汗が出たほどだった。
同じことは、たぶん、ほとんどのスポーツについても当てはまる。
最良のポルシェが最新のポルシャだというのであれば、最良のアスリートは最新のアスリートということになる。トレーニング方法が進化を続け、アスリートを支えるギアも常に改良が施されている以上、当然と言えば当然だ。
サッカーも例外ではない。現役時代のヨハン・クライフは、現代サッカーの概念を築いた功労者ではあったものの、キャメルを愛してやまないヘビースモーカーでもあった。彼に象徴されるトータル・フットボールは革命的ではあったものの、クライフたちにトータル・フットボールで挑んだ大国はなかったし、弱点を突こうとした国もなかった。
久しぶりにコパ・アメリカを制したアルゼンチンでは、メッシとマラドーナ、どちらが偉大かという論争が再燃しているという。答など出るはずがないし、出す必要もないことは論争している当事者たちが一番わかっていることだろうが、「どちらが優れた選手か」ということであれば、わたしはメッシに1票を入れる。もって生まれたカラット数ではマラドーナの方が大きい気はするが、メッシはバルサによって美しく研磨されている。現代サッカーにおいてできることの数は、やはりメッシの方が多いのではないか。
ただ、見方を変えれば、20年以上の月日を経ていながら、いまだ最新の選手と比較されるマラドーナは、どれほどとてつもないか、ということもできる。
同じことは、小野伸二についても言える。
高校時代はついに冬の選手権に出場することができなかった。アジア・ユースでも、ワールド・ユースでも、もちろんW杯でも、ついに頂点には届かなかった。それでいながら、「小野こそ、日本が生んだ唯一の天才」という声は未だ消えず、それは我が師匠セルジオ越後も例外ではない。
ちなみに、もう30年以上前から、越後師匠が小野の素晴らしさを説くたび、「でも僕は礒貝の方が……」と反抗してきたわたしだが、小野が傑出した才能の持ち主であることに異論はない。というか、少年時代の2人を指導している人間の言うことの方が、普通に考えれば説得力がある。
小野の何が凄かったのか。素晴らしかったのか。真っ先に頭に浮かぶのは、変態的といいたくなるほどのボールタッチの柔らかさである。しかも彼の場合(実は礒貝もそうだったが)、パッと見ただけでは利き足がどちらかわからないほど左右の足を自在に操る。たとえていうなら、大太刀、小太刀の二刀流ではなく、大刀2本の二刀流。左足が脇差しだったクライフやジーコ、右足は短刀レベルだったマラドーナやメッシと比べても、その均等ぶりは異質だった。
もう少し生まれるのが遅かったら。シドニー五輪予選での悪質なタックルさえなかったら──その才能が傑出していただけに、いろいろなタラレバが頭をよぎる。ただ、40歳を越えてなお、J1のチームから必要とされ、練習時のボールタッチでファンの目を釘付けにしている現在の小野を見ていると、他人から嘆かれるほど悪いサッカー人生ではなかったのかも、という気もしてくる。
おそらくは今後、日本が生んだ最高の選手は誰かという論争は、久保建英も加わる形で繰り広げられていくことだろう。いまは知らない誰かが出てくる可能性もある。ただ、小野を超える結果を出す選手は現れても、小野のもって生まれたカラット数を上回る存在がそうそう出てくるとは、正直、思えない。
現れれば、現れてくれれば、日本のW杯優勝はもう目前なのだが。
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