森保監督のままでいいと思いますよ──わたしがそう言うと、意外なそうな表情を浮かべる人が多くなった。
意外……いや、心外といった方が正しいかもしれない。加茂さんに噛み付き、アフリカW杯の時には「こんなサッカーで勝ったら将来に禍根を残す。未来のために負けろ」と書いて盛大に非国民扱いされたこともある。ハリルホジッチ監督の時も、かなり早い段階から更迭を訴えていた。そんな人間がなぜ、と思われるのは、まあわからないでもない。
しかも、最近の日本代表の戦いぶりは、確かに酷い。1-0で勝ちはしたものの、アウェーでのオマーン戦の前半45分間などは、82年スペインW杯の西ドイツ対オーストリアに匹敵するほどの無残な内容だった。1ゴールだけほしかった西ドイツと1ゴールだけなら許しても良かったオーストリアが、1-0になった途端に戦うことも争うこともやめてしまった、いまだW杯史上最悪といわれる大凡戦。そんな試合を思い出してしまうぐらいに情けない45分間だった。
なので、森保監督に風当たりが厳しくなるのは、ある意味当然のことだとは思う。というか、あんな試合をやっておいて批判がなされなかったら、そちらの方がよほど問題である。
それでもなお、変わらず森保監督を支持するのは、彼の目指しているサッカーの方向性が、わたしが信奉するものと近いところにあるから、である。
南アW杯に臨む日本代表は、大会直前になってボールを保持するサッカーを捨てた。自分たちにはできない、という前提に立ち、守りを固めてカウンターに活路を見出す方向に舵を切った。就任当初は前任者、ザッケローニやアギーレの手法を踏襲していたハリルホジッチも、最終的には岡田監督と同じ方向に舵を切った。
絶対に結果を残さなければならない立場の人間が、少しでも勝利の可能性が高いと感じられるスタイルに変更する気持ちはわかる。ただ、守りを固めて少ないチャンスを生かすというスタイルには、必須とも言える条件がある。
絶対的ストライカーの存在である。
守りを固める、ということは攻撃の時間と回数が少なくなることを意味する。高い決定率を誇るストライカーがいるならばいい。だが、いないチームは?ワールドクラスのストライカーを持たない日本が、ワールドクラスのストライカーがいなければ成立しないスタイルをとってしまっていいのか?
わたしには、そうは思えない。
絶対的にストライカーには頼れない。それでも、得点は奪わなければならない。わたしならば、分母を増やす。つまり、決定機の数を増やし、低い決定力しかないストライカーでも得点をあげられるスタイルを目指す。
サンフレッチェ時代の森保監督が目指していたのは、まさしくそういうサッカーだった。そして、極めて幸運なことに、当時の広島には佐藤寿人がいた。チーム予算ではビッグクラブに遠く及ばない彼らが一時代を作ることができたのは、決定機という分母を増やすサッカーを指向しつつ、Jリーグの中では高い決定率を誇る佐藤寿人という武器を持っていたからだとわたしは認識している。
潤沢とは言い難いチーム予算でメンバーを構成する広島の立ち位置は、W杯における日本のそれとよく似ている。ゆえに、わたしは森保監督が日本代表を率いるに相応しい人材だと考えていたし、実際、ハリルホジッチ監督が更迭された際は、後任を森保監督に任せるべきだ、と訴えたこともある。
というわけで、なんで判を押したように「長友を中山に替えるんだよ」とか、どうして明らかに絶不調の「大迫と南野にこだわるんだよ」とか、せっかく五輪代表監督と二足の草鞋を履いていたんだから、「もっと積極的に若手を起用しようよ」……とか、細かい部分での不満は大いにあるのだが、森保監督が続投すること自体には納得しているわたしである。
3月26日、韓国の中央日報はこう書いた。
『戦術も、闘志も、決定力もなかった。“3無サッカー”のベント号が歴代80回目の韓日戦で10年前の悪夢を再現した』
7月29日、フランス『レ・キップ』紙の論調はこうだった。
『若き日本に圧倒された。彼らは終始落ち着いていた。チャンスも枠内シュートも少なかったフランスは、文字通りの完敗に終わった』
3月25日の日韓戦で完敗した韓国人の目には、あまりにも自国の代表が日本に比べてみすぼらしく見えていたようだ。同じことは、東京五輪で日本と対戦したフランス人についても言える。
これもまた、森保監督が率いた日本代表だった。
ではなぜ、韓国人やフランス人を驚嘆させた日本代表は、見る人を退屈という名の泥沼に引きずり込むようなチームになってしまったのか。
やはり、最終予選初戦での黒星が痛かった。
チームの内情はわからない。けれども、少なくともわたしは、オマーンを舐めきっていた。どうせガチガチに守ってのしょうもないカウンターしかないんだろ、と思い込んでいた。彼らが前例のない長期キャンプを張り、日本を徹底的に研究していたことにまったく注目していなかった。
ボクサーに言わせると、もっとも効くパンチとは「見えないパンチ」だという。来るぞという覚悟をしておけば、相当な強打にも耐えられる。だが、意識の外から飛んでくるパンチには耐えようがない。日本が大阪でオマーンに喫した一撃は、まさしくそんなパンチだった。
今になってみればわかる。あの日のオマーンは、言ってみれば1試合のためだけに仕上げられたスペシャル・チームだった。予選が進むに連れ、彼らのサッカーは輝きを失い、マスカットで再戦した際のオマーンからは、大阪での怖さやしたたかさが消え失せていた。
だが、あまりにも大きすぎる衝撃ゆえ、日本の選手たちは完全に自信を失ってしまった。弱小とされたオマーンがこれほど強敵なのであれば、他のチームはもっと強い──とでも思ってしまったのだろう。挑戦的なパスが激減し、安全第一、自陣深くでうろうろとボールを回すばかりの展開が増えてしまった。
狂ってしまった歯車を直すのは、結局のところ、会心の勝利しかない。だが、過剰な警戒心が働いてしまういまの日本に、会心の勝利を期待するのは難しい。
ならば、あとは時間が傷を癒してくれるのを待つしかない。試合を経ずして時間だけが経過するこれからの2カ月を、慈雨に変えるしかない。
オマーン戦の勝利のあと、リバプールに戻った南野は今季プレミア・リーグ初ゴールをあげた。年明けには久保建英が戻ってくることも確実視されている。年が変わることによってそれまでの流れが大きく変わるのは、決して珍しいことではない。
日本代表はW杯に行けるのか。森保監督で本大会は大丈夫なのか。この2つの問に対して、わたしはいまも、肯定的である。
もちろん、ブレまいと思い込むあまり、いささか頑固になってしまっている感のある森保監督には、もう少し柔軟性が必要だとは思うけれど。
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