わたしにも経験がある。
祖国を遠く離れた異国で同国人と出会う。嬉しい。心強い。友人としてたまに付き合っていくだけであれば、問題は何もない。
ただ、一緒に仕事をするとなると話は変わってくる。価値観の違いなどがわかってくると、かなり面倒くさいことになる。大前提として育った環境や文化の違いを認識している外国人と、よりも、衝突は激しくなりがちになる。同じ国籍、同じ文化、同じ言語であるということが、外国人相手には働くブレーキを取っ払ってしまうことがあるからだ。
というわけで、わたしがいま心配しているのはヴィッセル神戸である。はっきり言えば、イニエスタとロティーナ監督の関係である。
いまから20数年前、わたしはスペインでロティーナ監督にインタビューをしたことがある。彼が指揮していたログロニェスが躍進していたから、ではない。このチームに、元17歳以下日本代表だった財前宣之が加入したからである。
19歳でスペインにやってきた財前は、中田英寿をして「自分とは次元の違う天才」と言わしめ、まだW杯に出たことのない日本を世界に導くのでは、と期待された司令塔だった。元来、彼が希望していたのは当時隆盛を極めていたセリエAへの移籍だったようだが、カズのイタリア挑戦が失敗に終わり、ヨーロッパでプレーする日本人が一人も、ただの一人もいなかった時代である。当時、バルセロナに留学中だったわたしは、胸をときめかせてログローニョ(ログロニェスのホームタウン)へと飛び、本人と、監督であるロティーナに話を聞きにいった。
ログロニェスというチームについてはほとんど何も知らなかったわたしだが、ロティーナの存在は知っていた。というのも、その前年、ヌマンシアという当時セグンダB(実質的な3部リーグ)のチームを率いていたロティーナは、コパ・デル・レイでレアル・ソシエダ、ラシン・サンタンデール、スポルティング・ヒホンと立て続けに1部のチームを葬り、ついには準々決勝でヨハン・クライフ率いるバルセロナと対戦するまでになったからである。
ホームでの第1戦は2-2、カンプ・ノウでの第2戦は1-3で敗れ、おとぎ話は終わってしまったのだが、彼らの奮闘は、文字通りスペイン全土を熱狂させた。ヌマンシアの選手たちは一躍全国区の人気者となり、選手の中にはテレビのコメンテーターとして起用される者まで現れた。監督を務めていたロティーナの評価と知名度も、飛躍的に向上した。
クラブハウスを訪れた記憶はないので、たぶん、市内のカフェだったと思う。バスク人らしく、時間ぴったりに姿を現したロティーナは、こちらのたどたどしいスペイン語での質問にも、終始笑顔で答えてくれた。まだスペインのサッカーが世界的な評価を受ける前の時代だったということもあるが、イタリア人の監督や記者と違い、日本人と日本サッカーを侮蔑するような雰囲気は一切なかった。
なので、ロティーナと聞けば、オートマチックに「いい人」と浮かんできてしまうわたしである。6年前、ヴェルディの監督になると聞いた時には驚きつつも嬉しかったし、それは、セレッソに行っても、エスパルスに行っても変わらなかった。
ただ、それはヴェルディだったから、だった。セレッソだったから、エスパルスだったから、だった。
ジャイアント・クラブではなかったから、だった。
いま、スペインにどれだけJリーグの情報が伝わっているかはわからないが、標準的なスペインのサッカー・ファンが「アンドレアス・イニエスタのチームをロティーナが指揮している」と聞いたら、たぶん、「驚愕」という反応が返ってくる確率が一番高いのでは、という気がする。
わたしにとって、多くのスペインのサッカー・ファンにとって、ロティーナは「弱いチームを勝たせる職人」である。少ない手駒をやりくりし、何とかして強敵に一泡吹かせるべく腐心する。簡単に言ってしまえば、結果のために内容を調整するというか……勝つためならば手段を選ばないタイプの監督である。従って、率いるチームによって展開するサッカーはまったく違ったものになってくる。
だが、イニエスタが人生の大半を過ごしてきたバルセロナというクラブは、内容を突き詰めることこそが結果につながる、という哲学に基づくチームだった。誰が監督をやっても、誰がメンバーに選ばれても「これがバルサだ」と思わせるサッカーこそが、ヨハン・クライフの理想だった。
どちらがいい、悪いという問題ではない。ただ、ヴィッセル神戸というチームが、どんなスタイルを指向してきたかは、誰の目にも明らかである。なかなか望むような結果はえられていないし、過程自体も順調とは言い難いが、それでも、三木谷オーナー以下、チームを日本のバルセロナ的な存在にしたいという思いは強く伝わってきていた。
そんなチームが、ロティーナを監督に?
これではまるで、自由を重んじる民主主義国家が、スターリンのような独裁者を大統領に据えたようなものではないか。いや、最先端のIT企業の社長に、アナログの世界しか知らない人物を抜擢したと、といった方がより近いか。
男子三日会わざれば、という言葉もある。ログローニョで話を聞かせてもらったロティーナと、令和4年、日本で指揮を取るロティーナのサッカー観は別物になっているかもしれない。駒がないからできなかっただけで、彼の頭の中にある理想のサッカーはクライフの、バルセロナのサッカーであり、ようやく訪れたチャンスに腕を撫しているかもしれない。
イニエスタのためにも、ロティーナのためにも、そうであることを祈りたい。
そうでなければ……待っているのはスペイン人同士の危険な衝突である。
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