シュツットガルトでプレーしていた日本代表のDF、伊藤洋輝のバイエルン移籍が決まった。移籍金は3000万ユーロ(約51億円)。日本人としては、19年にカタール1部のアルドハイルに移籍した中島飛翔哉の3500万ユーロに次ぐ、史上二番目の額だという。
まったく驚かなかった、といったらウソになる。ただ、リーガ2位に躍進したチームの守りを支えた選手が、金満バイエルンに引き抜かれるといった図式は、ドイツにおいて極めて一般的なものだと言っていい。伊藤の国籍が日本ではなくヨーロッパのどこかの国だとしたら、おそらくは誰も、何の驚きも見せないだろう。
ただ、隔世の感を覚えるのもまた事実である。
06年のドイツW杯。期待された日本代表は、決勝トーナメント進出どころか、1勝もあげられずにグループ・リーグで敗退した。日本にとって最後の試合となったドルトムントでのブラジル戦のあと、数多くの日本人の代理人を務めてきたドイツ人のエージェントがポツリと漏らした言葉が忘れられない。
「これで、日本人を獲ろうと考えるブンデスリーガのチームはなくなったな」
77年にケルンが奥寺康彦を獲得して以来、ドイツはヨーロッパでもっとも早く、またもっとも多くの日本人選手を獲得してきた国だった。奥寺に遅れること1年、韓国からも英雄・車範根がブンデスの舞台に立ったことあり、ヨーロッパの中では、比較的アジア人、日本人に対する偏見が少ない国だったとも言える。
実際、本大会直前のテストマッチで日本がドイツと2-2で引き分けた直後、代理人のもとには日本人選手の契約状況を尋ねる問い合わせがいくつか入っていたという。何年も前から日本とのパイプを作り、駒を仕込んでいた代理人からすれば、待ってましたともいうべき好機の到来である。
だが、本大会での惨状が、高まりかけていた日本人選手への期待を完全に吹き飛ばした。
W杯前までは素晴らしかった選手が、いきなりダメになるはずはない。純粋にピッチの中のことだけを考えるならば、移籍金が極端に低いか、ほとんどかからない日本からの補強は、依然として、ブンデスリーガの多くのチームにとって悪くない話のはずだった。
だが、プロ・サッカーはスポーツである同時に、興行でもある。そして、興行を支えるのは、ファンである。純粋に結果だけを追い求められることが許されるアマチュアと違い、プロ・スポーツチームのフロントは、ファンの意向も考慮していかなければならない。
もしいま、Jリーグのチームがシリアやミャンマーから選手を獲得する、と発表したらどんなリアクションが起きるのか、想像していただきたい。2部や3部のチームであればいざ知らず、1部のチームからそんなアナウンスがなされたら、わたしだったら「大丈夫か?」と思ってしまうだろう。
ファンではなく、チーム関係者としての立場からも考えてみよう。仮にシリアやミャンマーの中に素晴らしい才能がいて、日本の目利きがそこに目をつけていたとする。できることならば獲得しておきたい。ところが、日本との予選では手も足もでないまま蹂躙されてしまった。獲得に動けば、間違いなく「正気か?」という声が上がる──。
それは、06年のドイツにおける日本人とブンデスリーガのクラブの立場でもあった。
今回、伊藤をシュツットガルトから獲得するにあたり、バイエルンの中に反対する声はなかったようだ。正式発表がなされてからも、さしたる反発は起きていないように見える。少なくとも、昨年遠藤を迎えたリバプールのファンに比べれば、反応は圧倒的に好意的だと言っていい。
そのことに、まず驚く。そして、改めてW杯の重みを痛感する。
昨年、バイエルンはナポリから韓国代表のキム・ミンジェを獲得した。チームとしては大きな期待をかけたうえでの、思い切った補強だったはずだが、結果は芳しいものではなかった。その翌年に伊藤の獲得に動き、さしたる反発がないということは、彼らの意識の中で、日本人と韓国人が完全に切り離されているということなのだろう。多くの日本人が、ムシアラがダメだった、だからヨーロッパ人はダメだ、などとは1ミリも考えないように、である。
そして、彼らの意識をそうさせたのは、間違いなくカタールでの屈辱であり、半年後、ヴォルフスブルクでの惨敗だろう。この2試合を経て、多くのドイツ人にとっての日本は、アジアのワン・オブ・ゼムではなくなった。むしろ、「日本の選手だったら間違いない」ぐらいの保証付きレベルにまで跳ね上がったのかもしれない。
では、ドイツ最大にして最強とされるチームで伊藤はやれるのか。これはもう、シーズンが始まるのを待つしかないのだが、個人的にはさほど心配はしていない。リーガ2位のチームでやれていた選手が、ビッグクラブで上手くいかないとしたら、それは選手の力量の問題というより、監督や周囲との関係性によるところが大きい。バイエルンにほど近い南部のシュツットガルトでの生活を経験してきた伊藤であれば、ナポリからやってきたキム・ミンジェよりはスムースに溶け込むことができるのではないか。
イタリアとドイツ、W杯の最多優勝回数を争う両国には、21世紀の四分の一が終わろうとしている現在も、混ざりきらないサッカー観の違いが存在している。そのうちのひとつが、ディフェンス、ディフェンダーに関するもので、それは、フォワードにボールが入った際の対応に顕著に現れる。
伝統的にディフェンスに強いこだわりを持つイタリアでは、依然として、DFは徹底的にFWを潰しに行く、という傾向が色濃く残る。キム・ミンジェがナポリで成功したのも、彼、あるいは韓国人DFの伝統的なプレースタイルが、イタリアのやり方とうまくマッチしたからだとわたしは見ている。
だが、「勝つためには手段を選ばず」的なところもあるイタリアに比べると、ベッケンバウアーを輩出したドイツの守りは、より知性的かつ集団的な方向に振られている。少なくとも、わたしの知る限りは、ロメオ・ベネッティやクラウディオ・ジェンティーレのように、悪辣なタックルで世界に名を売ったドイツの選手はいない。
これはイタリアとドイツ、どちらのやり方が優れている、劣っているという話ではない。ただ、イタリア的な守り方をする集団に、ドイツ的な選手が入ればそこがウィークポイントになりかねないし、逆に、ドイツ的な集団の中にイタリア的なやり方で飛び込み、ときにFWに食いつきすぎて最終ラインに穴を空けてしまったのが昨シーズンのキム・ミンジェだった。
伊藤に関しては、そうした心配はまったくない。言葉の壁もキム・ミンジェに比べれば比較にならないほど小さい。成功する確率は、だから、キム・ミンジェよりはかなり大きいのではとわたしは思う。
ひとつ心配があるとすれば、ジュビロ磐田、シュツットガルトと、いわゆるジャイアント・クラブでのプレー経験がない伊藤が、いままでとは比べ物にならないほどの注目と重圧を受けるバイエルンでの日常にうまく適合できるかということなのだが、それも、日本代表での経験を思えばなんとかなりそうな気もする。
いずれにせよ、数年前までJ2でプレーしていた選手がチャンピオンズ・リーグの決勝に進出するようなことになったのだから、改めて凄い時代になったものだと実感する。数年前までブンデスリーガ2部でプレーしていた選手がバイエルンでプレーする―─これって、ドイツ人にとってはかなりのシンデレラ・ストーリーのはずなのだ。
だとすると……J1のレベルはまだ世界最高には届かない。ただ、J2のレベルは、ひょっとして世界最高水準に達しつつあるのではないか。そんなことを思うわたしである。
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