空前絶後の記録達成なのか。後半戦に入ったJリーグの見どころは、まずこの1点になる。
過去、J2から昇格して即J1優勝をなし遂げた例がなかったわけではない。あの東日本大震災に見舞われた11年、J1を制したのはJ2から昇格してきたばかりの柏だった。ヨーロッパに目を向ければ、78年のノッティンガム・フォレストや、98年のカイザースラウテルンなどが、戦前の予想を全面的に覆す快挙を達成している。名将ブライアン・クラフに率いられたノッティンガムに至っては、2部優勝、1部優勝、その翌年にはヨーロピアンカップ(現在のUEFAチャンピオンズリーグ)優勝と、『フォレストの三段跳び』と語り継がれる奇跡にも近い離れ業をなし遂げた。
ただ、ノッティンガムにしろカイザースラウテルンにしろ、それから柏にしろ、1部リーグでプレーするのはこれが初めて、というわけではなかった。初めて1部リーグに昇格したシーズンで優勝を果たしたというチームは、わたしの知る限り、それから調べてみた限り、見当たらなかった。
つまり、24年の町田ゼルビアが挑もうとし、どうやら夢物語でもなくなりつつある現状は、全世界的に、あるいはフットボールの歴史的に、極めて極めて希有なケースであることは間違いない。果たして、前代未聞の挑戦は実るのか、どう結末を迎えるのか。いちサッカーファンとして、これほどドキドキさせられることはちょっとない。
そして、町田のフロントも偉業達成に向けて本腰を入れ始めている。開幕前、黒田監督が口にしていた今シーズンの目標は「東京の3チームの中で一番上の順位になる」ということで、2部からともに昇格してきた東京ヴェルディはともかく、J1で長く実績を残してきたFC東京を成績で上回るというこの目標は、ファンにとってもフロントにとっても、絶妙の設定だったことだろう。目標は高くなければならないが、高すぎてもいけない。
だが、多くの昇格組が直面するシーズン序盤の“カルチャーショック”をほぼ無傷で乗り越えたことで、町田の目標は上方修正されていった。そして、目標に縛られがちな日本社会や日本企業にしては珍しく、フロントが機敏に動いた。その象徴が、日本代表の相馬勇紀であり中山雄太の獲得である。
町田にとっての目標が依然として開幕前と変わっていなかったのであれば、この時期に現役日本代表選手を獲得する必要はあまりない。東京でナンバーワンになるという目標も、ほとんどの昇格組にとって最大の目標であるはずの1部残留も、彼らはほぼ達成しているからである。
それでも、町田のフロントは獲得に動き、実現させた。この機敏さと実行力は、さすがIT企業というしかない。あらかじめ設定した年間予算に縛られがちなチームでは、およそ下せる決断ではなかった。また、サッカーに限らず、大物の獲得は開幕前に限られ、シーズン中の補強は“残り物”的な印象の強かった日本のスポーツ界にとっては、ちょっとした“事件”と言ってもいい。
もっとも、この夏のJリーグでは、“ちょっとした”どころではない事件が、ひょっとしたらJリーグの勢力図を一変させかねない大事件が起きていた。J3大宮アルディージャの、レッドブルへの株式100パーセント譲渡である。端的に言ってしまえば、外国資本によるJリーグ・クラブの買収である。
93年の創設以来、Jリーグは基本理念として地域密着と企業名の排除をうたい続けてきた。当時の日本社会とスポーツを考えた場合、この理念なくしてJリーグの成功と成長はありえなかった。サッカーだけでなく、日本スポーツ界全般に及ぼした影響も極めて大きな物があった。
新しいスポーツの台頭に危機感を募らせつつ、しかし、全面否定するのではなく、使えるエッセンスは使おうと考えたのはプロ野球界だった。地域密着の思想なくして、ホークスやファイターズ、イーグルスのいまはなかったはずだとわたしは思う。彼らは、企業名を残しつつも、地域に溶け込もうとし、閑古鳥が鳴いていたパ・リーグの風景を確実に変えていった。
ホークスなどの成功は、チームに企業名が入っていても、地域密着の思想さえあれば、地元から十分に受けいれられることの証明でもあった。だが、サッカーの台頭により新たな姿勢を取り入れていった野球界に対し、再び野球界に人気面、財政面で遅れをとるようになったサッカー界はかたくなに自分たちの哲学にこだわり続けた。
結果、アビスパとホークスの格差、イーグルスとベガルタの格差は、途轍もないレベルにまで広がってしまった。地場のスポンサーと観客収入しかないスポーツチームと、巨大な柱を持つスポーツチームとの差だった。
残念ながら、Jリーグが以前からの哲学にこだわり続ける限り、北海道や九州、東北からJ1を制するチームは出てきそうもない。地域密着、地方創生をうたいながら、大都市圏のチームでなければ財政面でのアドバンテージは得られない構造になってしまっているからだ。なぜアビスパやベガルタ、コンサドーレにはできないことをホークスやイーグルス、ファイターズはできるのかを考えれば、それはおのずと明らかである。
では、Jリーグはどうするべきなのか。わたしは、企業名の解禁と、外国資本の導入だと思っていたし、そう訴えもしてきた。Jリーグの理念を立ち上げた立役者である川淵元チェアマンも、2年前に雑誌Numberのインタビューで、「(企業名の解禁について)賛成はしないが、それが必要だという意見が多数派なのであれば反対もしない」といった趣旨の発言をした。機は、熟しつつあったのだ。
それが、ようやく動き出した。
正直、「なぜ大宮なのかな」という思いはある。かつて、レッドブルのチーム買収が世界的に大きく報じられたライプツィヒは、旧東ドイツの、経済力では旧西ドイツ地域には太刀打ちできないエリアだった。そこの5部リーグの弱小チームに潤沢な資金を注ぎ込むことでできあがったのが、現在のRBライプツィヒである。どうせだったら、地域の経済力に弱点を抱える、大資本が参入しない限りJ1優勝など夢のまた夢、といった地域でやってもらえたら、もっと面白いことになっただろうに、とは思う。
ただ、これは始まりであって終わりではない。レッドブルと大宮が成功を収めれば、第二、第三の参入者が名乗りを上げてくる。Jリーグ創成期にその名を轟かせたものの、いまは鳴かず飛ばずになってしまったチームや、スポーツのみならず日本の歴史上において、一度も脚光を浴びたことのない街のクラブに魅力を感じる企業や個人が現れないとも限らない。
チーム名はどうなるのか。「赤」がコーポレート・カラーの企業に買収されたことで、アルディージャのオレンジはどうなるのか。サポーターとしては気になるところも多いだろう。
個人的には、レッドブルがスポンサードしているMotoGPのKTMレーシングチームはオレンジ色のカラーリングでレースに参加しているため、チームカラーについてはオレンジのままだろうと予想するが、チーム名についてはまったく想像がつかない。Jリーグ同様、基本的には企業名を全面に出すことが認められていないブンデスリーガでのライプツィヒのように、RBが当てはまる強引な造語を作り出すか、はたまた、大宮レッドブルズか。
ただ、間違いなく言えるのは、この買収劇によって、常に埼玉の2番手だったアルディージャが、ほぼ不可能と思われた「レッズを恒久的にボコボコにする」可能性を手にした、ということである。これまでも、そしてこれからもバルセロナを上回る日は訪れそうもないエスパニョールが、突如として財力でカタルーニャの巨人にのし上がったようなもので、正直、めちゃくちゃ楽しみにしている。
そして、もっと楽しみなのが、カネにあかせて巨大化を図るやり方に反発し、違ったやり方で“黒船”を排除しようとする勢力の巻き返しである。既存のやり方とは毛色の違う町田がすでにかなりのアンチを生み出していることを考えれば、レッドブルと大宮がひき起こす波風は相当なものになること間違いなし、だからだ。
ヤンキースしかり、バイエルンしかり、そして巨人しかり。プロ・スポーツが発展するうえで、憎悪されるほど強大な戦力を有するジャイアント・チームが果たす意味は極めて大きく、しかし、これまでのJリーグはそうした存在を育てきれないまま四半世紀を超えた。
そんな歴史が、大宮から変わるかもしれないのだ。
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