いまではちょっと信じられないような気もするが、わずか半年前、日本代表は揺れていた。森保監督に対する風当たりも、カタールW杯直前なみに荒れ始めていた。一度は息を顰めた“森保無能論者”が一部では勢いを取り戻し、残された2次予選の内容、結果いかんによっては再び“暴風圏”に突入することも考えられた。
3月の北朝鮮戦を前に、森保監督は長友を代表に復帰させた。
所属チームでもレギュラーの座を維持できなくなってきている選手を、今後の伸びしろがまず考えられない選手をなぜ呼び戻すのか。この判断に疑問を抱かれた方は多かったことだろう。わたし自身、長友が純粋な戦力になるとはちょっと思えなかった。
一体全体、何故? 森保監督は長友を呼び戻したのか。
守田対策ではなかったか、というのがわたしの推察である。
一度は鎮まっていた森保監督に対する批判が再燃したのは、いうまでもなく、アジア・カップでの失敗にあった。そして、大会終了後、各メディアに大きく取り上げられたのが、監督批判とも“とれる”守田の発言だった。
「外からこうした方がいいとか、チームとしてこういうことを徹底しようとか、もっと提示してほしい」
チームのため、日本のためを思っての発言であったことは間違いない。しかし、込められた思いはともかく、これは監督批判と受け取られる可能性が極めて高い発言でもあった。
選手が監督のやり方を批判することは、ヨーロッパや南米でもさして珍しいことではない。ただ、わたしの知る限り、そうした例のほとんどはクラブチームで起こるものであり、代表チームではまず聞いたことがない。歴史上数多いる問題児たち、ジョージ・ベストにしてもヨハン・クライフにしてもディエゴ・マラドーナにしてもポール・ガスコインにしてもエリック・カントナにしても、自分を選んでくれる立場の監督を批判したことはなかった。
つまり、森保監督の受け止め方次第では、守田は代表チームから永久に声のかからない立場に転落する可能性があった。
突拍子のない話、ではない。以前、やはり森保監督を批判したと“とれる”行動を取った鹿島の鈴木優磨は、その後二度と日本代表のユニフォームに袖を通していない。監督とて人間である、誰が好き好んで、自分に敵対的な態度を取る人間を呼びたいと思うものか。
守田にとって幸運だったのは、森保一が他人の助言に耳を閉ざすような自己中心的な性格では全くなかったことだろう。彼は、自信も信念ももっているが、自分が絶対に正しい、他人の意見なんかどうでもいい、というタイプではまったくない。もちろん、どう受け取っても監督批判にしか聞こえない守田の発言は愉快なものではなかったはずだが、根底にあったのが私怨や好き嫌いではなく、チームのためを思ってのこと、という点を汲み取ったのではないか。
あえて守田の立場に立てば、仕方がない部分もある。
わたしは、現在の日本代表監督に森保一ほどふさわしい人物はいないと考えているが、かといって、彼が世界最高の監督だ、とは思わない。フロンターレ時代に日本きっての智将、風間八宏の薫陶を受け、ヨーロッパで何人かの監督と接してきた守田からすれば、森保監督に物足りなさを感じてしまう部分はあったのだろう。
何より、彼にとって、森保は人生で唯一仕事をした「代表監督」でもある。言い方を帰れば、守田は森保以外の代表監督を知らない。比較の対象となるのは、代表に比べればはるかに監督の関与するところの大きいクラブチームの監督であり、それに比べれば日本代表におけるチームの煮詰め方、方向性のもっていき方に不満を覚えてしまうのも当然と言えば当然である。
だが、何度も書いてきているように、代表監督とクラブの監督は、同じ「監督」という言葉で一括りにしてしまうのが乱暴に思えるほどに異質な仕事でもある。もちろん、両方の仕事を上手くこなす名将がいないわけではないが、アルゼンチンを初の世界一に導いたセサル・ルイス・メノッティはバルセロナで失敗し、バルセロナで革命を起こしたクライフは代表監督への就任を固辞し続けた。おそらくはこの先、ペップ・グァルディオラがどこかの国の代表監督を引き受けることもないだろう。繰り返すが、代表とクラブでは、指揮官に求められる能力も資質も違ってくる。
思い出していただきたいのは、カタールW杯前の日本代表である。あのときも、チーム内に森保監督に対する不満はくすぶっていた。そして、不満分子と見られていた選手の多くは、森保監督しか代表監督を知らない選手たちだった。ベテランの選手、つまり森保監督以外の代表監督を知っている選手たちからは、まったくといっていいほど不満は聞こえてこなかった。
隣の芝が青く見えてしまう選手たちと、隣の芝も大して変わらない、と知っている選手の違いだった、とわたしは思う。
ご存じの通り、日本代表では以前、内部からの反発でハリルホジッチ監督が解任される、ということがあった。あれは、隣の芝生の実態を知っている選手たちが、それでも自分たちの芝生がひどいと考え、協会に直訴したことで起きた解任劇だった。言い方を変えれば、隣の芝生を知っている選手たちからの訴えだったからこそ、協会も動いた。
だから、守田たちの訴えは、曲がりなりにも多くの監督と接してきた協会の幹部からすると、ちょっとした「若気の至り」にしか思えなかったのかもしれない。協会は動かず、守田たちの処遇をどうするかは、森保監督の一存に委ねられた、というところではなかったか。
後に守田自身が中西哲生氏との対談で明かしたように、アジア・カップのあと、森保監督と顔を突き合わせて話し合う機会が設けられたのだという。逃げずに、避けずに向かい合った2人も、わたしは高く評価したい。
ただ、感情的なしこりが消えた、あるいは小さくなったところで、代表監督に対する守田の要求が変わらなければ、問題を先送りしただけにすぎない。チームにかけられる時間が限られている以上、アジア・カップで守田の感じた不満は、消えずに残っているはずだからだ。
そのための長友復帰ではなかったか、とわたしは思う。
東京五輪の監督を森保監督が兼任したことで、いまの日本代表選手の多くは、森保監督しか代表監督を知らない世代になってしまっている。日本人がアルゼンチンやスペイン、ブラジルのユニフォームを着ることができない以上、これはもう、どうにも動かしがたい現実である。
その点、長友は五輪代表時代の反町康治を皮切りに、岡田武史、ザッケローニ、ハリルホジッチ、西野朗と様々なタイプの代表監督と接してきている。森保監督と比較できる引き出しをもっている。そんな選手をチームに呼び込むことで、ともすれば極端に走りがちな「若気の至り」にブレーキをかけたかったのではないか、そんなふうに思ったのだ。
9月から始まったアジア最終予選で、守田は素晴らしいプレーを見せている。おそらく、今後彼の口から森保批判が飛び出すことはまずないだろう。森保監督が突如として有能になったわけではない。日本人にありがちな「監督に勝たせてもらう」という意識が守田の中から消えたのが大きい、とわたしは感じている。
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