背番号物語(第3回)~Jリーグの歴史を彩った「7」番を振り返る

(上記写真:背番号7の代名詞的存在は、やはり遠藤保仁だろう)

 

背番号には、物語がある。歴史がある。記録がある。記憶もある。Jリーグを彩った名手を、背番号とともに振り返っていく。

今回は「7」を取り上げる。

 

1993年のJリーグ開幕当時は変動背番号制で、試合によってスタメンの選手が1番から11番を着けていた。そのなかでも、ビスマルク(ヴェルディ川崎など)や前園真聖(横浜フリューゲルスなど)は7番の印象が強い。その後は清水エスパルスの伊東輝悦、ジュビロ磐田の名波浩らが、この番号のアイコンとなった。日本代表で8を着けた中田英寿も、所属するベルマーレ平塚では7を選んでいる。

 

Jリーグを代表する7と言えば、多くの人は遠藤保仁を思い浮かべるに違いない。ガンバ大阪で03年から20年まで着けた。

 

セントラルMFとしてビルドアップの中心となり、決定的なラストパスも供給する。シュートセンスもあり、リスタートのキッカーも担う。彼のプレースタイルこそは、日本における7のイメージそのものと言っていいだろう。J1リーグ通算672試合出場は、9月末現在で歴代最多である。

 

名古屋グランパスの中村直志も、この番号のイメージを作り上げたひとりだ。プロ3年目から14年の現役引退まで、12年にわたって背負った。

 

中盤で攻撃的に振る舞うこともできるが、ボランチの役割が似合った。長短のパスを丁寧に味方へとつなぎ、献身的なディフェンスで最終ラインを助けた。2010年のJ1リーグ初優勝に貢献し、ひとつのクラブでキャリアを全うした中村は、「ミスター・グランパス」と呼ばれた。

 

柏レイソルの大谷秀和も、レイソルひと筋でプレーした。

 

同じユース出身の明神智和から背番号7を引き継ぎ、ボランチのポジションからチームをコントロールした。試合の流れを読む戦術眼に優れ、長くキャプテンに指名されたことなどから、「ピッチ上の指揮官」と呼ばれた。プロ20年の稼働で、J1、J2合計で478試合に出場した。

 

大谷が引退した23年以降、柏の「7」は空き番となっている。クラブにとって、それだけ重みのある番号なのだろう。

 

 

柏の背番号7と言えば、大谷秀和である


川崎フロンターレの車屋紳太郎は、プロ3年目の17年から7を背負う。25年で9シーズン目だ。すっかり彼のイメージとなっている。左サイドバックを主戦場にセンターバックもこなすユーティリティプレーヤーは、2010年代後半からの黄金期を知る貴重な存在でもある。

 

ちなみに、川崎フロンターレの「7」の系譜には、鹿島アントラーズの鬼木達監督も含まれている。こちらはハードワークを身上とするボランチだった。

そう、背番号は受け継がれていくものなのである。

 

鹿島アントラーズの7は、日本代表としてW杯に出場した左サイドバックの相馬直樹が長く背負った。その後は同じ左サイドバック(右サイドバックも担った)の新井場徹が着けた。13年以降は外国人選手が継承していたが、25年6月に加入した小川諒也がこの番号を選んだ。日本人サイドバックによる系譜が、復活している。

 

FC東京の7は、ボランチの浅利悟から同じくボランチの米本拓司へ受け継がれた。そこから攻撃面で特徴を発揮する三田啓貴、複数ポジションに対応する松木玖生へつながれ、現在は安斎颯馬が着けている。プロ1年目の22歳は、中盤と最終ラインの様々なポジションで起用されている。

 

サンフレッチェ広島の7は、日本代表の森保一監督をルーツとする。森保は変動背番号制だった当時から着けた。

 

彼がチームを離れてからは、アカデミー出身の森﨑浩司が15シーズンにわたって自らの番号とした。左足のキック精度に定評のあるMFで、中盤の複数ポジションを担った。双子の兄の和幸とともに、広島で一時代を築いた。

 

その後は茶島雄介、野津田岳人が「7」を着けた。いずれも、森﨑浩司と同じアカデミー出身だ。24年から空いているこの番号を、次に引き継ぐのは果たして誰になるのか。

 

 

梅崎司は3チームで背番号7を背負った


複数クラブで長く背負った選手もいる。梅崎司だ。

 

2列目のポジションから神出鬼没にゴール前に現われるアタッカーは、大分トリニータから移籍した浦和レッズで、移籍2年目から7を着けた。その後所属した湘南ベルマーレでも背負った。キャリアの最後を過ごした古巣の大分でも、お馴染みの番号でプレーした。7番とのつながりは、3クラブ通算で15シーズンに及ぶ。

 

25年シーズンのJ1では、宇佐美貴史が象徴的存在だろうか。

 

ガンバではそれまで「11」、「33」、「39」を着けてきたが、遠藤保仁の後継者として23年から「7」へ変更した。24年シーズンには久しぶりの2ケタ得点を記録し、チームを4位に押し上げた。背番号の変更と同時にキャプテンに就任し、精神的支柱としてチームをまとめてもいる。

 

J1リーグ連覇中のヴィッセル神戸では、井手口陽介が着ける。16年のリオ五輪に出場し、その後はスペインやイングランドのクラブでプレーしたこのセントラルMFは、ボール奪取能力に優れる。24年から神戸の中盤を担い、攻守両面で質の高いプレーを見せている。

 

Jリーグ創設時のメンバー『オリジナル10』の東京ヴェルディでは、クラブ生え抜きの森田晃樹が7とともにキャリアを構築中だ。ユース在籍時にトップチームデビューを飾り、プロ3年目の21年に背番号が7となった。同時に、城福浩監督からキャプテンに指名された。

 

ヴェルディのアカデミー出身には、技術の高い選手が多い。森田も繊細なボールタッチで相手を翻弄しつつ、ゲームメイクから攻撃の仕上げまでに幅広く顔を出す。他チームからのオファーを蹴って生まれ育ったクラブにキャリアを捧げている彼は、ヴェルディのシンボルと言える。

 

J1で独自の存在感を発揮するFC町田ゼルビアでは、相馬勇紀がファン・サポーターを沸かせている。左右両足から繰り出すクロスで得点機を作り出し、チームトップのアシストをマークしている。

 

相馬はポルトガルのクラブで1シーズン半を過ごし、21年の東京五輪や22年のカタールW杯といった国際大会も経験。世界基準を肌で知る28歳は、攻撃だけでなく守備でもハードワークする。

 

7番はボランチや攻撃的MFが着けることが多い。アルビレックス新潟の谷口海斗も中盤で起用されているが、本来はストライカーである。J3のロアッソ熊本で得点王となり、J2だった新潟に引き抜かれ、得点源となってJ1昇格に尽力した。昨シーズンは10得点をマークしている。J1、J2、J3の全カテゴリーで2ケタ得点というユニークな記録も持つ。

 

ここで紹介できなかった選手のなかにも、そのクラブにとってかけがえのない背番号7はいる。選手の数だけドラマがあり、ファン・サポーターの感情を揺さぶるのだ。
 

【文章】戸塚啓
【写真】佐野美樹

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