背番号物語(第5回)~Jリーグの歴史を彩った「4番」を振り返る

(上記写真:U-22日本代表の大岩剛監督は、現役時代に鹿島で4番を着けた)

 

背番号には、物語がある。歴史がある。記憶がある。Jリーグを彩ってきた名手を、背番号とともに振り返っていく。

今回は「4」を取り上げる。

 

Jリーグ黎明期からのファンなら、まずは井原正巳を思い出すに違いない。日本代表として長く活躍したこのセンターバックは、試合ごとに背番号が変動する時代から4番を背負った。日本がW杯に初出場した1998年のフランス大会でも、主将を務めて4番を着けている。

 

もう少し時代を進めると、大岩剛、田中マルクス闘莉王、水本裕貴、栗原勇蔵らの名前があがってくるだろうか。

 

現U-22日本代表監督の大岩は、名古屋グランパスでキャリアをスタートさせ、3番と5番を着けた。次に所属したジュビロ磐田でも3を背負ったが、03年から在籍した鹿島アントラーズでは4番を選んだ。3番が日本代表に選ばれていた秋田豊の番号だったことも、4番を着けた理由だったのだろう。対人能力に長けたセンターバックの大岩は、在籍したどのチームでもタイトル獲得に貢献している。

 

闘莉王は浦和レッズ、名古屋グランパスの最終ラインを支え、どちらのチームもJ1リーグ優勝へと導いた。センターバックとして相手の攻撃を力強く跳ね返し、ビルドアップも秀逸だった。空中戦の強さは圧倒的と言っていいほどで、チームの得点源だった。J1リーグのベストイレブンに歴代2位となる9度選出され、MVPも受賞している。10年の南アフリカW杯でも4番を着けた彼は、Jリーグの歴史でも特筆すべき選手のひとりと言っていい。

 

水本は7つのクラブに在籍し、サンフレッチェ広島でキャリアの最盛期を過ごした。森保一監督のもとで3度のリーグ制覇を果たした広島で、3バックの一角を担った。J1リーグで416試合に出場し、J2とJ3を合わせれば通算出場は500試合を超える。08年の北京五輪や15年のEAFF東アジアカップなどの国際大会でも、4番を着けている。

 

栗原はF・マリノスひと筋で18年プレーし、そのうち11シーズンで4番を背負った。井原から松田直樹、中澤佑二らが継承してきたセンターバックの系譜を継ぐ者として、クラブの伝統を紡いだ功労者である。日本代表にも選出され、このクラブの4番の価値を高いものとした。

 

ボランチをメインポジションとする元日本代表MF小林祐希も、ジュビロ磐田で4番を着けた。本田圭佑が日本代表で着けたことなどから、DF以外で4番を選ぶ選手が日本でも徐々に増えていった。その先駆けのひとりだろう。ブラジル人MFのレオ・シルバも、鹿島ではこの番号を選んでいる。

 

日本代表に選ばれていないが、クラブにとって重要な役割を担った4番もいる。

 

そのひとりが藤本康太だ。セレッソ大阪で13シーズンにわたって4番を担い、キャプテンも務めた。ボランチを主戦場としつつ、チーム事情でセンターバックやサイドバックでも起用された。ワンクラブマンとして、セレッソの歴史に名を刻んだ選手である。

 

松本山雅FCの飯田真輝は、2度のJ1昇格に貢献したセンターバックだ。ゴール前で身体を張り続け、チームを鼓舞するキャプテンとして、反町康治監督が指揮する松本山雅でキャリアのピークを過ごした。

 

 

広島の背番号4・荒木隼人は、Jリーグを代表するセンターバックだ

 

2026年現在のJ1リーグでは、荒木隼人が4番の代表格だ。19年のプロ1年目から3バック中央のポジションをつかみ、3年目から4番の継承者となった。空中戦に強いセンターバックとして評価を集め、シーズンを重ねるごとにプレーのクオリティを上げている。読みの鋭さが増し、1対1の対応にもスキがない。タフでハードにプレーしながらも、不要なファウルをしない。25年はリーグ戦37試合出場で、一度も警告を受けなかった。同年はJリーグのベストイレブンに、初めて選出されている。

 

広島はロングスローを使うが、荒木はそのターゲットにもなる。空中戦の強さは別格だ。CKや直接FKでも、ヘディングの強さを生かす。日本代表には22年にデビューし、25年のEAFF E-1選手権でほぼ3年ぶりに出場した。同年9月のアメリカ戦でもピッチに立っている。29歳とキャリアの円熟期に差し掛かり、国際舞台でのさらなる活躍も期待される。

 

ヴィッセル神戸の山川哲史も、背番号4とともにプレーする。クラブのレジェンドである北本久仁衛、ベルギー代表トーマス・フェルマーレンが背負ってきた番号を継承したのは、アカデミー出身で筑波大学を経由してプロ入りした彼が、それだけ大きな期待を背負っているからだ。

 

背番号を23から4に変えた25年からは、キャプテンも任された。前キャプテンの山口蛍(現V・ファーレン長崎)から「引き継いでほしい」と、後継に指名されたのだった。28歳の山川はベテランと若手の間に立ち、個性派揃いのチームをまとめている。26年シーズンの神戸は、ミヒャエル・スキッベ新監督のもとで新たなスタートを切る。昨年まで広島を率いたドイツ人指揮官のもとでも、山川はチームリーダーの役割を担っていくはずだ。

 

前神戸の吉田孝行監督が統べる清水エスパルスでは、蓮川壮大が4番を着ける。彼が定位置とするセンターバックには、韓国代表歴のあるパク・スンウク、前神戸の本多勇喜が新たに加わっている。いずれもサイドバックにも適応するタイプだが、ポジション争いが激しさを増したのは間違いない。25年は31試合に出場した蓮川の今シーズンに注目だ。

 

 

古賀太陽(左)は守備の要として柏レイソルを支える


柏レイソルの最終ラインを支える古賀太陽も、Jリーグ屈指のセンターバックだ。25年の柏はリカルド・ロドリゲス監督のもとで優勝争いを演じたが、スペイン人指揮官が持ち込んだ攻撃的なスタイルは、古賀を中心とした堅守がベースとなっていた。躍進を果たしたチームの象徴として、25年はベストイレブンに選ばれている。左右両足を自在に使いこなし、右利きだが左足のキックもスムーズで正確だ。

 

古賀は育成年代から日本代表に選出され、19年のEAFF E-1選手権で日本代表デビューを飾った。25年の同大会で、6年ぶりに代表復帰を果たした。日本代表のCBは海外組を中心に人材豊富だが、古賀も候補者のひとりである。

 

25年は7位に終わった浦和レッズでは、石原広教が24年の加入時から4番を託されている。最終ラインの両サイドに対応し、3バックの一角も担当する守備のマルチロールだ。前所属の湘南ベルマーレでは主将を任されたこともあり、リーダーシップも備えている。

 

今シーズンからJ1に復帰したジェフユナイテッド千葉では、田口泰士が4番を担う。名古屋グランパスとジュビロ磐田で実績を積んできた34歳のベテランは、ダブルボランチの一角としてゲームをコントロールする。サッカーIQの高さに定評があり、ポジショニングとコーチングで自分たちのペースを作り出している。

 

26年2月初旬から開幕する『明治安田Jリーグ百年構想リーグ』では、どのチームの4番が存在感を示すのか。それぞれの戦いぶりに注目だ。


 

【文章】戸塚啓
【写真】佐野美樹

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