Jリーグ助っ人列伝~記録に残る外国人選手

(上記写真:J1リーグの外国人最多得点記録を持つマルキーニョス)

 

2026年で34年目のシーズンとなるJリーグでは、数多くの外国人選手がプレーしてきた。W杯に出場したビッグネームがピッチを彩り、国際的に無名な選手が確かな実績を残した。ひとつのクラブで長く貢献した選手がいれば、複数のクラブで活躍した選手もいる。あまたの足跡のなかから、今回はJ1リーグの記録に残る選手を紹介する。

 

●マルキーニョス
J1リーグの外国人最多得点記録を持ち、J1通算333試合出場はキム・ジンヒョンに次いで歴代2位である(数字はすべて25年シーズン終了現在、以下同)。2001年にJ2降格の危機にあった東京ヴェルディに加入し、14試合出場8得点の数字を残してJ1残留に貢献。その後は横浜F・マリノスとジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレーし、05年は清水エスパルスに途中加入してJ1残留の原動力となる。07年から10年まで在籍した鹿島アントラーズでは、07年から09年にかけてのリーグ3連覇に尽力。08年にはリーグ得点王となった。J1でプレーした15シーズンのうち、実に9シーズンで2ケタ得点を記録している。

 

●レオ・シルバ
アルビレックス新潟は、ブラジル人選手のスカウトに優れる。その情報網が呼び寄せた才能のひとつがレオ・シルバだ。13年に新潟の地に降り立つと、中盤の底で圧倒的な存在感を発揮する。とりわけ目を引いたのはボールを奪い取る力だ。ルーズボールの回収力も高い。さらには奪ったボールを攻撃へつなげていく展開力にも優れていた。新潟で13年から16年まで主力を務め、17年から21年までは鹿島アントラーズの中盤を担った。22年には名古屋グランパスでレギュラー格の働きを見せた。J1リーグで10シーズン稼働し、外国人選手では歴代4位の290試合に出場した。

 

●ウェズレイ
重量感溢れるドリブルとパワフルなシュートで、ペナルティエリア内で存在感を発揮したストライカーである。2000年に名古屋グランパスの一員となり、翌01年から3シーズン連続で20得点以上を記録。ストイコヴィッチ、バスティッチ、マルケスらと前線でコンビを組み、03年には得点王に輝いた。06年からはサンフレッチェ広島へ移籍し、06年、07年と2ケタ得点をマーク。弓矢を射るゴールパフォーマンスが人気を集めた。08年と09年は大分トリニータでプレーし、08年にクラブ初のタイトルとなるリーグカップをもたらした。J1通算124ゴールは、外国人選手の歴代2位である。

 

●ジュニーニョ
03年に当時J2の川崎フロンターレに加入すると、いきなり28ゴールを叩き出す。ブラジルでは攻撃的MFとしてプレーしていたが、フロンターレではFWの適性を見出された。同期入団のMF中村憲剛らとコンビネーションを構築していき、持ち前のスピードを生かしながらシュート精度に磨きをかけていった。加入2年目にはJ2で37ゴールを叩き出して得点王となり、07年にはJ1でも得点王に輝いた。日本でのラスト2シーズンは鹿島アントラーズに所属した。J1通算116ゴールは外国人選手の歴代3位。J2での65得点を加えると181ゴールとなり、外国人選手の通算得点でトップに躍り出る。

 

 

ガンバ大阪などで活躍してきたパトリックは、38歳となったいまも現役だ

 

●パトリック
日本でのキャリアは、13年に川崎フロンターレでスタートした。同年途中にヴァンフォーレ甲府へ期限付き移籍し、フロンターレとの契約は13年で満了となる。しかし翌14年夏にガンバ大阪の一員となると、スピードとフィジカルを生かして戦術にフィット。宇佐美貴史や遠藤保仁らとともに国内3大タイトル独占の立役者となった。サンフレッチェ広島在籍時の18年には、自身初となる20ゴールの大台に。23年は京都サンガ、24年は名古屋グランパスで健在ぶりをアピールし、25年はJ3のツエーゲン金沢で11ゴールを記録。38歳になったが自慢のフィジカルに衰えは見られず、26年もツエーゲンで背番号10を背負う。中学生の愛息もサッカーに打ち込んでおり、将来を期待されている。

 

●シジクレイ
日本フットボールリーグ(当時)のモンテディオ山形を皮切りに、J1、J2の4つのクラブで通算324試合に出場。J1での289試合出場は、外国人歴代5位に食い込む。日本でのキャリアのハイライトは、04年から07年まで在籍したガンバ大阪だ。3バックの一角を担って守備の安定をはかり、05年はクラブ史上初の外国人キャプテンに就任。同年のJ1リーグ初制覇の支えとなった。187センチのサイズを誇り、相手の攻撃を跳ね返す力強さを備えていた。また、足元の技術に定評があり、センターバックだけでなくボランチとしてもチームを助けた。

 

●ビスマルク
Jリーグ黎明期の優勝請負人である。開幕初年度の1993年途中にヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)のユニフォームに袖を通すと、すぐさまゲームメーカーとしての地位を確立。93年、94年のリーグ制覇に貢献し、自らは94年、95年とベストイレブンに選出された。97年に鹿島アントラーズへ移籍し、2000年の国内3大タイトル独占をはじめとして、多くのタイトルをもたらした。得点や勝利をしたあとに眉間をつまんで片膝をつけ、神様に祈りをささげるパフォーマンスが広く知られるものとなった。J1通算283試合出場は、外国人選手歴代6位の好記録だ。

 

 

J1リーグで外国人最多出場記録を更新中のキム・ジンヒョン

 

●キム・ジンヒョン(セレッソ大阪)
アジア屈指の“GKファクトリー”として知られる韓国からは、多くのGKが来日している。キム・ジンヒョン(金鎮鉉)は2009年、21歳で当時J2のセレッソ大阪に加入。1年目からレギュラーポジションをつかみ、チームのJ1昇格に貢献する。香川真司(現在も在籍)、乾貴士、清武弘嗣、柿谷曜一朗らが在籍してきたセレッソは、いつの時代も攻撃的なサッカーを標ぼうしてきた。そのなかで、キム・ジンヒョンはチームの戦いぶりに安定感をもたらしてきた。セレッソがJ2に降格した15年も残留し、翌16年のJ1復帰を後押しした。J1通算423試合出場は外国人選手の最多出場記録であり、J2での出場数を加えると500試合をゆうに超える。Jリーグの歴史に残る外国人GKと言っていいはずだ。


 

【文章】戸塚啓
【写真】佐野美樹

BUYNOW

ズーム マーキュリアル ヴェイパー 16 PRO

バリエーション選択

¥17,930

ファントム 6 LOW プロ FG

バリエーション選択

¥19,030

ティエンポ LIGERA PRO HG

バリエーション選択

¥16,830

ティエンポ マエストロ アカデミー FG/MG

バリエーション選択

¥10,780

プレデター PRO 折り返しシュータン HG / 土・人工芝・天然芝用 サッカースパイク

バリエーション選択

¥14,599

F50 PRO HG/AG JAPAN 土・人工芝用

バリエーション選択

¥13,900

コパ ピュア 3 ELITE HG/AG JAPAN / 土・人工芝用

¥13,499

フューチャー 9 プロ HG/AG

バリエーション選択

¥13,470

ウルトラ 6 プロ HG/AG

バリエーション選択

¥13,750

ミズノアルファ3 JAPAN

バリエーション選択

¥26,400

RANKING ランキング