背番号物語(第7回)~Jリーグの歴史を彩った「6番」を振り返る

(上記写真:青山敏弘はサンフレッチェ広島の偉大なる背番号6だ)

 

背番号には、物語がある。歴史がある。記憶がある。Jリーグを彩ってきた名手を、現在活躍中の選手を、背番号とともに振り返っていく。
今回は「6」を取り上げる。

 

Jリーグにおける背番号6の代表格と言えば、青山敏弘の名前があがってくるはずだ。サンフレッチェ広島ひと筋で21年にわたりプレーし、その大半で「6」を着けた。中長距離のパス精度が高いボランチとして、3度のJ1リーグ優勝に貢献した。15年にはJリーグMVPに輝いている。J1リーグ通算444試合出場は歴代18位(データはすべて4月20日現在、以下すべて同じ)で、広島に10年以上在籍した選手では最多だ。

 

Jリーグの3大タイトルをもっとも多く獲得している鹿島アントラーズでは、本田泰人が長く背番号6を背負った。その本田の後継者が、中田浩二である。欧州でのキャリアを終えて鹿島に復帰した08年から、現役を退いた14年まで「6」を背負った。日本代表では3バックの左サイドでも起用され、キャリアの晩年はセンターバックや左サイドバックでもプレーしたが、主戦場はボランチである。利き足の左足から繰り出すパスで、攻撃を巧みに操った。

 

Jリーグの歴史を彩った「6」では、山田暢久の名前もあがってくるだろう。浦和レッズにプロキャリアのすべてを注げた彼は、在籍20年のうち11年で「6」を着けている。右サイドバックや右ウイングバックを主戦場としながらも、センターバックやボランチ、トップ下などを器用にこなした。J1通算501試合出場は、歴代11位の好記録である。

 

浦和レッズの背番号「6」の系譜には、遠藤航の名前もある。湘南ベルマーレから移籍した16年から18年にかけて、6番を着けて3バックを統率した。並行して招集されたU-23日本代表ではボランチを定位置とし、16年から日本代表でもボランチを主戦場としていった。その後所属したシュツットガルト、現所属先のリバプールでは「3」を着けているが、18年、22年のW杯とオーバーエイジで出場した東京五輪では「6」を背負った。現在の日本サッカー界で、背番号6と言えば彼を連想する人は多いだろう。

 

26年シーズンのJ1リーグでプレーしている選手では、扇原貴宏が「6」の代名詞的存在のひとりだ。左利きの長身ボランチとしてセレッソ大阪でプロデビューし、名古屋グランパスを経て17年から横浜F・マリノスの一員となった。アンジェ・ポステコグルーの信頼を得てリーグ優勝を経験し、23年から在籍するヴィッセル神戸ではリーグ連覇を経験した。展開力のあるこのボランチは、リスタートのキッカーも務める。

 

 

F・マリノスの背番号6は渡辺皓太。テンポの良いパスワークを作り出す

 

その扇原からF・マリノスの「6」を引き継いだのが、渡辺皓太だ。東京ヴェルディのアカデミーからトップチームへ昇格し、19年途中からトリコロールのユニフォームに袖を通している。このボランチは中盤でテンポ良くボールを動かしながら、自らも決定的なシーンへ飛び出していく。身体は大きくないがアジリティが優れ、相手守備陣が嫌がる空間へもぐりこむことができる。

 

川崎フロンターレの「6」は、プロ7年目の山本悠樹だ。田坂祐介、守田英正、ジョアン・シミッチらがつないできた系譜を、25年から受け継いでいる。育成年代までトップ下でプレーしてきたこともあり、ボランチでプレーする現在も攻撃の仕上げとなるラストパスを得意とする。受け手が次のプレーへスムーズに移行できるように、パススピード、落下点、球足などを計算している。フロンターレにおける「6」の価値を、さらに高めていける選手だ。

 

海外クラブでのプレー経験を持つ選手では、サンフレッチェ広島の川辺駿が「6」のユニフォームを着ている。広島からジュビロ磐田への期限付き移籍、スイスとベルギーでのプレーを経て、24年8月に古巣へ帰還した。広島では25年から「6」を着けている。攻撃でも守備でもチームに影響力をもたらす選手で、どんな監督のもとでもコンスタントに出場機会を得ている。技術も戦術眼も高いからなのだろう。


 

三竿は常勝軍団の鹿島で、リーダーシップを発揮している


鹿島アントラーズの三竿健斗は、渡辺皓太と同じ東京ヴェルディのアカデミー出身で、川辺と同じく海外クラブでのプレー経験がある。ボール奪取能力に優れたボランチとしてプロデビューし、16年に鹿島の一員となった。22年から背番号「6」を背負い、海外移籍を挟んで24年から再びこの番号でプレーしている。キャリアを重ねることでリーダーシップを身に着け、キャプテンを任されたシーズンもある。鹿島に息づく『勝者のメンタリティ』を体現するひとりだ。

 

背番号「6」を着けたサイドバックもいる。FC町田ゼルビアの望月ヘンリー海輝(ひろき)だ。ナイジェリア人の父親から譲り受けた192センチのサイズが特徴で、タッチライン際を何度もアップダウンしながらクロスを供給し、自らも積極的にゴールを狙う。プロ1年目の24年から日本代表に選出され、25年7月には国際Aマッチ初出場と初ゴールを記録した。将来的な日本代表定着も期待される。

 

FC東京のバングーナガンデ佳史扶(カシーフ)は、左利きのサイドバックだ。U-15、U-18とステップアップし、19年に高校生年代でJ1リーグ初出場を記録した。縦への推進力があり、馬力のある突破からのクロスはチームのストロングポイントとなっている。23年には日本代表デビューを飾った。FC東京の左サイドバックは大ベテランの長友佑都、アルビレックス新潟から移籍した橋本健人らが名を連ね、定位置争いは激しい。だからこそ、このチームで揺るぎない主力となれば、そのキャリはさらに充実したものとなるはずだ。

 

26年にJ1へ昇格してきたジェフユナイテッド千葉では、ブラジル人のエドゥアルドが「6」を背負う。日本でのキャリアのスタートとなったジュビロ磐田では、4-2-3-1の2列目左サイドが主戦場だった。23年には9得点5アシストを記録し、J1昇格に貢献している。24年に千葉へ移籍してからは、ボランチが定位置となった。ボールを奪い取る力が高く、奪ったボールを運んでいくこともできる。ペナルティエリア外からのシュートも強烈で、相手守備陣に脅威を与えている。

 

同じく昇格組の水戸ホーリーホックの「6」番は飯田貴敬だ。清水エスパルス、京都サンガFC、大宮アルディージャ、ヴァンフォーレ甲府と渡り歩き、25年に水戸に加入した。右サイドバックのレギュラーとしてシーズンを通してスタメンを張り、クラブ史上初のJ1昇格に貢献した。26年シーズンも引き続き右サイドバックのファーストチョイスで、選手の組合せによっては左サイドバックへ回ることもある。31歳のベテランは好不調の波を感じさせず、計算できる選手として監督の信頼も厚い。

 

【文章】戸塚啓
【写真】佐野美樹

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