11月9日に新ワールドチャンピオンに輝いたISSIN選手、大会直前の10月19日にAlpen Tokyoに来店。貴重なトークショーの内容をお届けします。
10月19日、Alpen TOKYOのイベント会場は、まるで熱気の渦だった。小学生から大学生まで未来のダンサーたちが息を呑み、世界を驚かせたブレイクダンサー ISSIN選手を待つ。

昨年12月、中国・成都市で開催された「WDSF WORLD BREAKING CHAMPIONSHIPS 2024」。20歳のISSIN選手は、大会史上最年少で世界王者に輝いた。
しかし、出場を期待されたパリ五輪の代表選考では、まさかの落選。誰よりも注目され、誰より試される立場にいるISSIN選手は、その現実をどう受け止めたのか。

この日行われたスペシャルトークショーでは、パフォーマンスやアイテムのこだわり、勝負の裏側、そして“理想のダンサー像”まで、赤裸々に語ってくれた。ステージを包むのは、拍手と笑い声、そして静寂。心の奥にある本音まで、しっかり聞かせてくれた。ダンサーを志す人も、夢を追うすべての人も、ぜひ最後まで読んでほしい。
■世界を驚かせたブレイキン ISSIN選手登場

MC CRUDEの「それじゃあ、みんな準備はいいか。いくぞ!」という掛け声に合わせ、重低音のビートが鳴り始めた瞬間、会場の空気が一気に張りつめた。ステージの袖から現れたのは、この日主役のISSIN選手。

拍手が、歓声が、会場の空気を震わせる。挨拶代わりのブレイキン。音楽に合わせ、ISSIN選手が次々と世界のダンスパフォーマンスを繰り出していく。

誰もがスマートフォンを構える手を止めない。「この瞬間を、絶対に残しておきたい」そんな想いが会場全体を包み込んでいた。

「今日は、こんなにたくさんの方に来ていただきありがとうございます。いきなり踊っちゃいましたけど、楽しんでもらえましたか?最後まで、よろしくお願いします。」
会場からは、自然と拍手が湧き起こり、先ほどまでの緊張が和らぎ、笑顔に変わった。激しいダンスの後とは思えないほど爽やかなISSIN選手。こうして、ブレイキンの新星ISSIN選手によるトークショーが、静かに幕を開けた。
■「うまくなりたい」の一心で踊ってきた

トークショーの最初にISSIN選手が語ったのは、技の話でも、勝ち負けの話でもなかった。彼の原点は、たったひとつ。「うまくなりたい」——その気持ちだけだった。
「とにかくスキルを上げたかったです。エアフレアができるようになりたいとか、周りのみんなより少しでも質を高くしたいとか。とにかく“うまくなりたい”という一心で踊っていました。」
その言葉は、世界王者になった20歳でも消えていない。周りには才能あふれる仲間たちがいて、常に刺激をうけていたという。少年時代のISSIN選手は、誰よりもダンスが好きで自分に厳しかった。

「1つの技でも“1周できたからOK”じゃなくて、“足が曲がっていたから、もっときれいに回りたい”って、とにかく自分が納得するまで妥協しない。」
ブレイクダンス大好き少年は、ダンスが遊びだった。
「学校から帰ってきて、ランドセルを下ろした瞬間にウィンドミル始めたり、チェアーやりながら寝落ちしたりしていることもありました(笑)」
■世界で感じた“レスポンスの違い”

これまで数々の世界大会でバトルしてきたISSIN選手。世界と日本の両方で戦ってきた経験から感じたことがある。
「特に感じたことは、バトル後の“レスポンスの違い”ですね。海外では、勝っても負けても観客の歓声がでかい。さらに、選手同士“Respect”が自然とあるから、こっちも自己肯定感が上がりやすいです。一方で日本は“まだまだだね”』っていう雰囲気を出してくる。」
環境に応じてうまく精神面を両立させていると語った。ISSIN選手の表情には、“文化の違いを受け入れた覚悟”がにじんでいた。
「海外で自己肯定感を上げながら、日本では満足せずストイックな自分でいることをモットーにしている。」
■ISSIN選手が選ぶアディダスのカジュアルシューズ&ウェア

ブレイクダンスは、パフォーマンスを見せるだけの競技ではない。生き様や考え方、そこにはパフォーマンスに重要なアイテムも含まれる。
それらすべてが“自分という表現者”の個性となっている。

「今、履いているシューズもめちゃくちゃ軽くてスピードが出るんですよ。クッション性があるから怪我もしにくいし、デザインもかっこいい。体の動きにストレスがないっていうのが大事です。」
地元岡山時代で過ごした時代は、地面に手や足をつき、がむしゃらに踊っていた。

「昔は外で練習することが多かったです。だからジーンズ素材のパンツをよく履いていました。強いし、破れにくいし、何より踊っていてテンションが上がる。練習して、そのまま帰れるから軽装が好きなんですよね。」
■未来あるダンサーたちへメッセージ

ISSIN選手は少し照れくさそうにマイクを握り直した。会場に集まった観客たちは、メッセージを聞き逃さないよう静まり返る。
「もし、ブレイクダンスを頑張っているなら、いつか僕とバトルする日が来るのを楽しみにしています。」
観客からは拍手が起こり、ISSIN選手の言葉が会場にいる未来のダンサーたちの心に刻まれた。しかし、その言葉の裏には、ISSIN選手自身の原点があった。

「僕がまだ小さかった時、地元岡山のイベントにISSEI選手が来てくれたんです。そこで僕、『いつか絶対にバトルで倒します!』って言った記憶があって。今日のみんな(観客たち)を見てたら、あのときの自分を思い出しました。」
あの頃、夢のように語った“ISSEI選手を倒す”という言葉が、のちに現実になるとは誰が想像しただろうか。
■観客とISSIN選手のQ&A

観客からの質問に対して、ISSIN選手が直接回答するQ&Aが行われた。
最初の質問は、「Red Bull BC One Cypher JapanのときにSHOSEI選手に勝った時、途中でクラッシュしていると思います。あの瞬間、どう気持ちを立て直したんですか?」
「僕のバトルって、クラッシュする時は誰が見ても大クラッシュするんですよ(笑)。でも、決まるときは綺麗に決まる。0か100か、そういうスタイルなので。だから、失敗したらすぐ切り替えて、次の大技で観客の記憶を塗り替えようって思っています。一発バーンと決めて、クラッシュしたことをなかったことにする。そんなメンタルでバトルしています。」

続いての質問は、「バトルの中でムーブの構成ってやりたい技があって、それにもっていくように作っているんですか?」
「来月の世界大会は、全部で12ラウンドあるんですけど、入りから最後まで全部頭に入れています。その中で、“どこで何を見せたいか”考える。例えば腰を捻る技を見せたいときに、速い動きのままだと伝わらない。だから、一回ゆっくりした動きを入れてから技を出す。そうすると、その技が一番輝くんです。」
さらに、「3ラウンド目で盛り上がる技もあるし、体力があるうちじゃないと出せない技もある。ワンバトル通して、いろんな構成をネタ帳に書きまくっています。」

MCから、「ネタの名前つけてるの?」という質問が飛んだ。
「僕、昔ふざけた名前つけていました。『肘くりくり』とか。“どんな技だっけ?”って思い出せなくて、本当に肘をくりくりするだけの技になっていました(笑)。最近は、やり方を書いて名前をつけていますね。」
「それで言うと、11月の世界大会に用意しているネタで“王冠奪い”というのがあるので、もしファイナル見れる方がいたら『これかな?』って当ててみてほしいです。」
■ISSIN選手と過ごした忘れられない瞬間

トークショーの熱気が落ち着いたころ、会場に再び、ざわめきが広がった。
この日の締めくくりは、ISSIN選手と一人ひとりの写真撮影の時間だ。

世界王者を目の前にして、みんな最高の笑顔を見せてくれた。
「大会がんばってください。」
「応援しています!」

そんな声と一緒に、シャッター音が何度も響いた。ISSIN選手は一人ひとりにしっかり目を合わせ、笑顔で握手も交わしていた。子どもたちにとって、一生忘れられない瞬間になった。

さらに全員での集合写真へ。子どもたちは、誰がISSIN選手の隣に行くのか戸惑う姿もあったが、最後の1枚が撮られた瞬間、自然と拍手が起こり、ISSIN選手の指笛が鳴り響いた。
トークイベント終了後は、ISSIN選手への単独インタビューを行った。
後編へつづく
【写真】長田慶(1枚目の写真のみアディダスジャパン株式会社提供)
【文章】眞木優
【取材協力】アディダスジャパン株式会社