■EVA黄金時代
Zoom X革命の42年前、1975年にすでに革命はあった。Brooks Villanova(ブルックスビラノバ) がEVA(Ethylene Vinyl Acetate:エチレン・ビニル・アセテート)を初採用し、クッションフォームの時代が始まった。
1970年代後半に EVAが発泡フォームとしてシューズに採用され始める。これが「軽量で柔らかいフォーム=EVA時代」の幕開けであり、現在に続くフォーム素材競争の原点となったと言っていいだろう。
EVAフォームは、それまでのラバーやウレタンに比べて 軽量で柔らかく成形性も高く、当時としては画期的なものであり、一気に業界標準となっていく。そして、1980年代に入ると素材は各ブランドが 独自EVA改良素材 を競い合う時代へ突入する。
1953年にゴム底のタイガー印マラップシューズを発売、1960年にラバースポンジを採用したマジックランナーを発売しアップデイト。
そして、1981年には、出撃、出陣の意味の名を持つ、ミッドソールに「EVA」を使用したレース専用マラソンソーティを発売。箱根駅伝でもこの頃から「EVAレーシング」が主流になり、時代はハリマヤからアシックスに覇権は完全に移っていく。
ついには、1986年には、片足脅威のわずか100g±5 g「ASICS MARATHON SORTIE UL-100 (アシックス マラソンソーティ UL 100)」が発売され、軽さを武器にアシックスの地位を確立した歴史的な一足となった。
ナイキ登場前の日本における軽量レーシングシューズの代名詞として君臨し、1990年代以降、アシックスが箱根駅伝をほぼ独占状態であったのだ。

■スーパーフォームPEBAの台頭
2017年5月、非公認ながら人類史上初のフルマラソン2時間切りを目指したイベント「Breaking2」が開催される。このイベントで、E・キプチョゲ選手が、あともう一歩も2時間00分25秒という素晴らしい記録で走ったが、その時に着用した、言わば“Sub2請負人“ NIKE ZOOM VAPORFLY ELITE(ナイキ ズーム ヴェイパーフライ エリート:イベント用プロトタイプモデル)が大きな話題となる
このシューズのミッドソール『ZoomXフォーム』のPEBA(Polyether Block Amide:ポリエーテルブロックアミド)が大きなミソであって、このイベントでその後続くことになる大きなウネリ、新素材の歴史が幕を開け、EVAの時代からPEBAの時代が到来することとなったのだ。
圧倒的な軽量性+高反発により、それまでのEVA・PU・TPUの機能性を凌駕。当時、世界各地のロードレースでの上位はほとんどがナイキに占められるような社会現象も起きて、2021年の第97回箱根駅伝でも、出場21校、210名のランナーのうち201名がナイキのシューズを着用するというまるで“指定校制服状態“の歴史的支配が起きた。
反面、この大会で王者アシックスは、着用0名となり、時代の流れがドラスティックに変わった瞬間だ。アシックスをはじめ、ここから各社が「PEBAフォーム搭載モデル」を目指す流れになった。
EVAとTPUと比較して、比重が小さく非常に軽量で同じ体積でクッション(ソール)を作ったときに最も軽くできるフォーム、これは長距離やマラソンシューズにおいて「軽量=スピード」に直結する機能性だ。
同時に弾性回復率、復元力が非常に高いのも大きな魅力、圧縮して素早く元に戻り、高いエネルギーリターンを実現、ZoomXの「バネ感」の正体だ。
またEVAのように「冬は硬い・夏は柔らかい」という温度変化にも PEBAは圧倒的に安定、寒冷地でも硬化せずに反発性を維持、変化が少ないフォームだ。また、ヘタリやすく反発低下が早いEVAに対して、PEBAは実は、弾性維持耐久性が高い素材でもあるのだ。
ただ、高反発のゴム毬状のその素材には安定要素が出せない。そこからPEBAミッドソール+カーボンプレートという速く走る新概念が生まれたわけだ。
価格面などデメリットがないわけではない。ただスーパーシューズという速く走る用途のシューズにおいては、間違いなくメリット>デメリットの関係になっていて、多くのブランドがまずPEBAを使ってナイキを追随し、それを“発明“したナイキとしては大きなアドバンテージを持ったのだ。
■PEBAはどんな素材メーカーが作っているのか

※著者調べ
ナイキが市場を独占したなら、フランスのArkema(アルケマ)社のPebax®(ペバックス)がPEBA市場を独占した。
Nike ZoomX(ナイキ ズームエックス)、Saucony PWRRUN PB(サッカニー パワーラン ピービー)などがベースに採用しているが最も有名なPEBAブランドと言っていいだろう。
ランニングシューズに出てくるPEBAは、ほぼ「Pebax®」だと言ってもおおよそ間違いないぐらいArkema社の独占状態と言っていい市場である。
そして、元々は「軽くて割れにくい樹脂」としてスキー、スノーボード、サッカースパイク、ホッケースティック、陸上のスパイクなどに1980年代から使用された硬質PEBAは、実は一般的な商品であったこともエピソードして加えておこう。これを軟質PEBAにしてミッドソール素材として使用することが斬新であったのだ。
ヒマシ油由来のサステナブルなPEBA「Pebax® Rnew®」も時代のニーズに合わせて開発されている。
その他にもドイツのEvonik(エボニック)社のPEBAブランドVESTAMID® E(ヴェスタミッドイー)やArkema社のPebax®特許が部分的に切れた後に、中国の化学メーカーが独自にPEBAを開発XTEP、Li-Ning、361°などの中国ランニングブランドがそれを採用している例があるが、PEBAミッドソールがスーパーシューズ市場独占時代も終わりが来ようとしていた。
■新潮流、非PEBAの台頭

2025年の箱根駅伝ではついにナイキが陥落、シェア3番手となった。アディダスが首位に立ち、アシックスの躍進も目立った。このことは「スーパーシューズのミッドソール=PEBA」という時代が終わったことを意味したのかもしれない。
首位のアディダスはAdios Pro Evo 1(アディオス Pro Evo 1)のようにPEBA系も使うが、大黒柱「Adizero Adios Pro 4 (アディゼロ アディオス プロ 4)」の、「Lightstrike Pro (ライトストライクプロ)」ミッドソールは、今回前作Pro 3より遥かにソフトで粘りのあるバウンドに変化した。これは噂の域を出ないが、次世代素材の呼び声が高いフォーム素材、PEBAに近い軽さでTPUのような耐久性を持った「A-TPU(アルファティックティーピーユー)」を使用したという話もある。
やはりPEBAは、高発泡素材で非常に軽くて柔らかく生成でき、その推進力は魅力だが、「安定性の確保」が難しい素材。超臨界発泡技術が必要で、EVAやTPUのように「大量生産してコストを下げる」ことも難しい。実は、高コストで量産が難しいのは大きなネックになっている。また、弾性維持力はEVAより優れるが、TPUやA-TPUに比べると「ロングレンジでの反発維持」は劣る。
ということもあり、A-TPUが非PEBAの新しい波として注目されてはじめているのだ。
A-TPU は、耐久性・反発維持力に優れるがやや重いというTPUという素材のデメリットを補ったような素材、今もっとも注目度が高いミッドソールマテリアルだ。PEBA並みに軽く、反発・柔らかさ・耐久性のバランスが良いフォーム。簡単に言えば、TPUを超臨界発砲させたものがA-TPUなので、TPUの長所も生き、つまり、素材の進化と製法技術の進化が上手くブレンドしてできた素材と言えるだろう。

※著者調べ
実は、2025年正月の箱根駅伝でアシックス着用選手の多くが発売前のプロトタイプを履いていたのだが、それが発売されたばかりのアシックスの話題商品のMETASPEED SKY TOKYO(メタスピードスカイトーキョー)、 METASPEED EDGE TOKYO (メタスピードエッジトーキョー)、METASPEED RAY(メタスピードレイ)だったわけだ。
新素材FF LEAPは、フルレングスでそれを使用したMETASPEED RAYは約129g(27.0cm)という軽量さ、そしてバウンドの粘りもまるで違う、こちらも新潮流A-TPUを採用とされている。
プーマのDEVIATE NITRO ELITE 3(ディヴィエイト ニトロ エリート 3)のミッドソールNITROFOAMELITEも同じくA-TPUを使用したものになり、アシックス、ナイキに次ぐシューズシェア4位に貢献した形になった。
また、軽さ・反発・価格バランスが良いE-TPA(Expanded Thermoplastic PolyAmide:エクスパデット・サーモプラスティック・ポリアミド)を使用するミズノや中国勢も存在感があり、PEBAで始まったスーパーフォーム革命。すでに次章がスタートしていると言っても過言でない。
■ULTRACHARGE(ウルトラチャージ)はナント成型後のチューニング

アディダスが「Chasing 100」プロジェクトの一環として100Kマラソン用のAdizero Evo Prime X(アディゼロ Evo Prime X)と同時に開発、初お披露目された技術、レース用シューズのミッドソールフォームを「加圧処理」にかける仕組みがULTRACHARGE(ウルトラチャージ)だ。
シューズをガスタンクの中に「最大で 5日間」ほど圧力をかけてフォームを「マリネ」することで、反発性やエネルギーリターンが向上させるという驚きの技術。
シューズのミッドソール素材を密閉された容器の中で一定の圧力にさらすことで、素材内部の気泡構造や分子配列が微妙に変化し、フォーム素材の事前加圧をすることで復元力(反発弾性)が向上させようというもの。フォームの密度や内部構造が最適化され、地面を蹴った際の反発力がより効率良く返ってくるそうだ。
さらに、この加圧処理は、各アスリートの体重や走りの力学(ストライドや着地の強さなど)に合わせてパーソナライズに最適化されているため、個々にチューンされたフィーリングが期待できる。

ULTRACHARGEは「フォーム素材をあらかじめ加圧処理して、反発弾性を目に見えて高めた」革新的なアディダスのテクノロジーで、Chasing 100プロジェクトでは選ばれたアスリートのレース用シューズにこの加工を施して、未公認ながら、南アのS・クベカ選手が人類史上初の100K 6時間切り(5時間59分20秒)のお膳立てをしたのだから、これは話題性だけではない。
Chasing 100のULTRACHARGEは、まさに「工場出荷後にさらにひと手間加えて性能をブーストする」という完成後のフォームに加圧プリロードを与えて反発弾性を底上げする後処理技術という発想が新鮮かつ斬新で、成形プロセスではなくて、成形後に素材を調整するという斬新な発想、これは次の潮流になりそうなアイディアだ。来年の箱根駅伝で、アディダスがこの技術を投入してくるのかが楽しみだ。
長いEVA黄金時代からPEBA、そしてA-TPUの時代に入るのか、はたまたULTRACHARGEのようなそれらを補完するような技術が出てくるのか、サステナブルなテーマも合わせて、今後もまだまだミッドソールフォームは進化し続けるだろう。
来年も箱根駅伝は、足元にも目が離せなくなりそうだ。
<著者プロフィール>
ランニングシューズフィッティングアドバイザー
藤原岳久(FS☆RUNNING(旧 藤原商会)代表)
日本フットウエア技術協会理事
JAFTスポーツシューフィッターBasic/Advance/Master講座講師
足と靴の健康協議会シューフィッター保持
・ハーフ1時間9分52秒(1993)
・フルマラソン2時間34分28秒(2018年別府大分毎日マラソン)
・富士登山競走5合目の部 準優勝(2005)
【写真】メーカー提供
【画像・文章・表】藤原岳久