初めて耳にした時は「なんじゃ、そりゃ」だった。
ロス・ギャラクティコス。
あれは確か、リーガ・エスパニョーラか、『バルサTV』の中継だったと思う。あの当時、わたしはヘッドセットで現地の実況を聞きながら、マイクに向かって話していた。その方が、よりリアルな現地の情報をお伝えできると考えたからだったのだが、ある時期から、現地のアナウンサーがレアル・マドリードのことを「ロス・ギャラクティコス」と表現し始めたのだ。
ご存じの方も多いだろうが、スペインではレアル・マドリードのことを「レアル」とは呼ばない。基本的にはマドリー、あるいはブランコ(白)、時にはヒガンテ(巨人)。スペインで「レアル」と言えば、いまは久保健英が所属しているレアル・ソシエダのことになる。
ところが、ある時期から、現地のアナウンサーがやたらと「ロス・ギャラクティコス」という表現を使い始めた。
意味はわかる。銀河系の複数形。英訳するとギャラクシーズ。
ちょうど映画『スターウォーズ』の人気が世界を席巻していた時期だったからなのかもしれないが、何とも大仰なニックネームをつけたものだと思った記憶がある。
どうやら、きっかけを作ったのはマドリードを本拠地とするスポーツ新聞『マルカ』だったらしい。おそらくは、クライフ時代のバルセロナが、92年バルセロナ五輪のバスケットボール・アメリカ代表から拝借した『ドリーム・チーム』という呼び名で一世を風靡したことに影響されたのだろう。
ま、気持ちはわからないでもない。
当時のレアルにはジダンがいた。ロナウドがいて、フィーゴがいた。ラウールやロベカルやベッカムもいた。世界選抜なんて言葉では言い表せないほどのスター軍団をいかに表現するか。有能なスペイン人記者が考え抜いた末にたどりついたのが「銀河系」だったに違いない。いまならすぐにでも韓国企業がスポンサードに名乗りをあげていただろう。
ただ、いかに郷土愛の強いマドリードの記者といえども、後に隣国フランスに誕生するスター軍団を目の当たりにしていたら、「銀河系」という言葉を使うのに躊躇したのではないだろうか。
それぐらい、いまのパリ・サンジェルマン(PSG)は凄い。凄いというか、とんでもない。
なるほどジダンは素晴らしい選手だった。特に、関節の数が常人の何十倍もあるのでは、と訝りたくなるほどの異様にしなやかなトラップは、世界の歴代スター選手の中でもトップクラスと言えるかもしれない。
だが、どれほどジダンが偉大であっても、彼をペレやマラドーナと比較しようとする人はいなかった。歴史に名を残すスーパースターであることは誰もが認めるところだったが、神の領域に達した選手、とまでは見られていなかった。フランス人でさえ、ジダンは歴史上、地球上の最高の選手だ、とまではいわなかった。
エムバペは違う。ひょっとすると、彼はメッシだけではなく、マラドーナやペレをも超える可能性がある。メッシは、マラドーナは、ペレは、おそらくサッカー以外の競技では頂点に立てなかっただろうが、エムバペはどんなスポーツをやっていてもとんでもない選手になっていたのでは、と思わせる高いアスリート性があるからである。
しかも、エムバペ一人いるだけでもとんでもないというのに、このチームにはメッシもいる。
いうまでもないことだろうが、メッシはカタールW杯のMVPだった。エムバペは得点王だった。MVPと得点王が一緒のクラブでプレーする?でもって、この2人以外の選手が背番号10をつけていて、それがネイマール?ありえない。過去、こんなチームは地球上に存在しなかった。
ところが、すでに何年も前から顔ぶれだけなら銀河系以上の軍団になっているPSGだが、いまのところ、投資に見合った成績を残しているとは言い難い。ここ10年で8度優勝している国内リーグはともかく、オーナーやファンが優勝を熱望しているチャンピオンズ・リーグとなると、19-20シーズンの準優勝が最高の成績で、それ以外では準決勝に進出したのが1回あるのみ。ほとんどがベスト16、もしくはベスト8で姿を消している。
そのせいもあってか、これほどのメンバーが揃っているにも関わらず、勝ち負けを予想するプロ、ブックメーカーがつける優勝オッズではマンチェスター・シティ、バイエルン・ミュンヘンに次ぐ3位に留まっている。チームの年間予算ではダントツでPSGがトップであるにも関わらず、である。
しかも、年が明けてからの国内リーグ戦でも、「超銀河系軍団」は苦戦を強いられている。メッシ、ネイマールを欠いて臨んだ敵地でのランス戦に1-3で敗れると、エムバペを温存したレンヌ戦は0-1でクリーンシートを許した。
2月15日にはバイエルンとのチャンピオンズ・リーグ決勝トーナメント1回戦を控えているが、この調子で行くと、ブックメーカーのオッズはよりバイエルン優位と見る数字に傾くかもしれない。
PSGのサッカーを見ていて感じるのは、気持ちがいいぐらい馬なりだな、ということ。クライフやグァルディオラのバルセロナは全員が徹底してバルサのサッカーをやろうとしていたし、銀河系軍団にしても、デル・ボスケの時代には意識の統一がなされていた。
ただ、ほとんどチート・キャラといえる選手をマルチで揃えたPSGの場合、そもそも選手をチームの色に染める必要性、必然性が他のチームほどにはない。
なぜ監督がチームに共通の認識をもたらそうとするのかと言えば、結局のところ勝つため、相手を打破するため、である。となると、やれ戦術だの連携だので意識を統一させる苦労などしなくても、エムバペに任せておけば、メッシに任せておけば、あるいはネイマールに任せておけば、彼らが一人で、もしくは即興の連携ですべてを獲得してくれることもある。悪いことではないし、監督が無能というわけでもない。実際、カタールW杯で決勝を戦った2チームがやっていたのは、基本的にはそういうサッカーだったとわたしは思う。
なので、馬なりというのは何も否定的な表現ではない。最高の本マグロが入った。だったら、火を入れたりソースをかけたりするのではなく、シンプルに刺身でいただく。いまパリ・サンジェルマンがやっているのは、目指しているのは、そういうことなのではないかとわたしは見ている。
ただ、マグロの状態が悪ければ、どうやったって美味しい刺身になどなるはずがない。言ってみれば、最後のところは運否天賦。大間のマグロ漁師のようなものだ。
最高の時は100点満点の120点。最低のときは50点を切る。それがPSGの特徴であり、同時に弱点でもある。2月15日のファーストラウンドを戦うバイエルンは、最高で90点、最低でも70点ぐらいにまとめるのが上手いチーム。出来にムラのあるPSGからすると極めて危険な相手だと言っていい。
もっとも、同じことはバイエルン側から見ても言える。どれほど最高の組織を構築し、相手の攻めを封じ込めていたとしても、PSGには一瞬ですべてを瓦解させる武器がある。それも、複数ある。おそらく、ポゼッションでは互角か、ひょっとするとバイエルンの方が上回るかもしれないが、飛び道具を持つ相手との試合ぐらい、ポゼッションが意味を持たないものもない。
一つ言えるのは、この決勝トーナメント1回戦は、今季のチャンピオンズ・リーグではもちろんのこと、ひょっとすると史上に残る名勝負になる可能性がある一戦だということ。ボルシア・メンヘングラッドバッハ好き、ひいてはバイエルン嫌いの人間からすると、是が日でもPSGに頑張ってもらいたいところだが、正直、楽観はできない。
ただ、本来であれば決勝のカードになっていてもおかしくない一戦が、この段階で、しかもホーム&アウェーで見られる。一発勝負ではなく、地元と敵地、2タイプの戦い方を見ることができる。これはもう、サッカー好きにとってはボーナスのような一戦である。
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