白状すると、開幕戦の印象は「こりゃダメだ」だった。まさか、福岡相手にあっぷあっぷだった神戸が、首位でゴールデンウィークを迎えるとはまったく思っていなかった。
開幕戦でヴィッセル神戸から受けた印象を簡潔に表すならば、「ポゼッション・サッカーの残骸」。イニエスタ獲得以来、チームとしてバルサ化を目指していた神戸は、当然のことながら徹底してボール・ポゼッションを高めていく方向性を目指していたはずだった。
だが、Jリーグのアベレージをぶっちぎりで上回る巨額の資金を投下したにも関わらず、チームの成績は一向にあがらず、監督のクビも次々と飛んだ。仕方がないこととはいえ、急場しのぎのツギハギ人事を繰り返しているうち、当初目指していたものはなんだったのか、チーム自体が忘れてしまったように感じられた。
チームの象徴となるはずだったイエニスタも、寄る年波と怪我には勝てないのか、練習でも、以前であれば信じられないようにミスが増えたと聞いていた。開幕戦では先発どころかベンチにすら入ることができない始末。象徴を失い、方向性まで見失ったように見えたヴィッセルの、明るい未来を想像することがわたしにはできなかった。
開幕3連勝を飾っても、その印象は変わらなかった。ただ、目を見張らせた部分がなかったわけではもちろんない。
特に、大迫勇也と武藤嘉紀の元日本代表アタッカー2人がキレッキレなのには驚かされた。
もともとポゼッション・サッカーを指向していたというのが信じられないぐらい、今年の神戸は相手にボールを支配される展開が多かった。開幕戦で、どちらかといえば相手にボー支配率で劣ることを前提に戦術を組み立てている福岡に支配率で劣ったばかりか、3-1で勝った札幌戦、4-0とスコアの上では圧勝に見えるガンバ大阪戦ですら、ポゼッションでは下回っていた。
ここにきて急速に常識が上書きされつつあるとはいえ、基本、サッカーはボールを保持している側が試合を支配し、チャンスの数も多くつかむスポーツだった。ただ、10回のうち3回打てば名選手と呼ばれるのが野球の打者だとしたら、サッカーの世界、ストライカーの世界は10回に2回決め続けたら伝説の存在になれること間違いなしの、言ってみれば極めて成功率が低い世界である。ゆえに、チャンスの数になど大した意味はないと割り切る考え方と、いやいや、やはり分母が大きいほうが得点も多くなる、という考えに二分されてきた。
言うまでもなく、後者の考え方を代表する存在がかつてのバルセロナであり、その流れを踏襲すると宣言したのがヴィッセルだった。
ところが、できなくなったのかしなくなったのかが外から見ているとわかりにくいのだが、とにかく、今季の神戸はほとんどの試合で50パーセント以下のポゼッションだった。ところが、決して潤沢にあったとはいえない決定機を、元日本代表のアッタカーたちはキッチリとものにしていった。
サッカーというのは不思議なもので、どれほど素晴らしいサッカーを展開していても、結果が伴わないと徐々にサッカーの質まで蝕まれていってしまうことが多々ある。今年でいえばフロンターレがその悪循環にはまってしまっているが、逆に、内容はいま一つだったにも関わらず、結果がついてきたことで内容が向上していったのがヴィッセルだった。
大迫にしても武藤にしても、海外での経験を持つ日本では一流のストライカーである。と同時に、日本でプレーしている時ほどには、海外で結果を出せなかった2人でもある。
なぜ彼らは海外で大成功を収めることができなかったのか。というより、なぜ日本人のストライカーは、ミッドフィールダーほどには成功することができないのか。理由の一つに、エゴイズムの強弱があるとわたしは思っている。
俺さえよければチームは負けてもいい。日本サッカー界が生んだ最高のストライカー、釜本邦茂さんは本気でそう口にする御方だった。正直、日本社会で生きる人間としては眉をひそめるしかない考え方だが、しかし、こういう方だからこそ、釜本さんは世界的に認められるストライカーたりえたとわたしは思っている。
いやあ、でもそんな昔のヒトなんて……と思われる方には、一つエピソードを紹介しよう。1980年、バルセロナの創立80周年を記念して、カンプ・ノウでバルセロナ対世界選抜という親善試合が行なわれることになった。世界選抜の監督はヨハン・クライフで、釜本さんはプラティニやルムメニゲ、ブロヒンといったバロンドール受賞者と並んで選抜された。今でいったら、メッシやエムバペ、クリロナあたりが顔を揃えたチームに、日本代表のストライカーが呼ばれたようなものである。
さて、そんなチームが敵陣深くでFKを獲得したとき、日本代表の選手はどうすると思います?
釜本さんは蹴った。世界のスーパースターにまったく気後れすることなく、まるで当然のように自分がFKを蹴り、得点をアシストした。ま、そこで直接打つのではなく、アシストを狙ったあたりはさすがの釜本さんもちょっと緊張していたのかな、と思わないこともないが、とにかく、あの人は蹴ったのだ。
このメンタル、図々しさ、太々しさは、たぶん、大迫にはないし武藤にもない。というか、同じことができる日本人を探すこと自体が相当に難しい、とも思う。わたしは、柳沢敦の才覚は釜本さんをも上回っていたんじゃないかといまでも思っているが、釜本さんは急にボールがきたら、ビックリするどころか、これ幸いと舌なめずりをするようなヒトだった。
話がちょっと逸れてしまったが、とにかく、大迫にしても武藤にしても、自分に足りない点を痛感しての帰国だったのは間違いない。海外ではエゴイズムが足りないと見られがちな彼らも、Jリーグでならばかなり突出したエゴイスト。当初は、2人がそれぞれ自分のいいところを見せていこうとしているようにわたしには見えた。
ところが、チームが勝ちを重ねていくうちに、ちょっとした変化が見え始めた。大迫と武藤が、いい意味でのエゴイズムを維持しつつ、極めて日本人的な譲り合いの精神を散りばめ始めたのだ。
海外では、ストライカーは点をとってナンボ。あくまでも偉いのは点を取った選手で、アシストに対する評価はガクッと落ちる。大迫も武藤も、そのあたりは肌で感じていたはずだ。にも関わらず、ヴィッセルでの彼らは、ここで自分が打てばかなりの確率で得点につながる……というような場面でも、より確実性が見込まれるならあっさりとパスを選択するようになった。そして、そこに左サイドの汰木あたりが絡むことで、ヴィッセルの攻撃はどんどんと活性化していった。
これがヨーロッパの場合、仮に自分を犠牲にして仲間の得点シーンをお膳立てしたとしても、その見返りというか、次は相手が自分のために犠牲になってくれる、なんてことはあまりない。極論をすれば、都合のいいやつ、と見なされて終わりである。
だが、大迫と武藤は、海外経験を持つ日本人アタッカーと日本でチームメイトになるという、これまでのJリーグではありそうでなかった関係性の中から、これまでのJリーグでは見られなかった有能なストライカー同士の掛け算を構築しつつある。10+10ではなく、10×10。好機を譲れば、相手が恩返しをしてるという確信が、信頼感が、ユニットの機能をどんどんと拡張させている。シーズンが進めば進むほど、この2人は相手にとっての脅威度を増していくことだろう。
ただ、チャンスの数という分母がいま以上に少なくなるようなことがあれば、いくら有能なアタッカーといえどもいかんともしがたくなる。高い位置でのショートカウンターを狙うやり方も、そろそろ研究が進んでいくことだろう。何より、ようやく実戦に復帰してきたイニエスタを、チームはどう扱っていくのか。ここを間違えると、積み重ねてきたいい雰囲気は吹っ飛んでしまう可能性もある。
というわけで、開幕戦当時に比べるとずいぶんあがったとはいえ、ヴィッセルの今後については懐疑的な見方を捨てくれないわたしである。毀誉褒貶はあるものの、チマチマしたJリーグのあり方に一石を投じてくれたこのチームには、願わくば対戦相手のファンから憎悪を叩きつけられるような存在にまでなってほしいのだけれど。
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