25年のJリーグを彩る「授けられた才能」

(上記画像:家長は現在のJリーグを代表する左利きの芸術家)


左利きは「授けられた才能」と言われる。利き足というものは、生まれながらにして決まっているものだからだ。

 

右利きの選手でも、左足のキック精度やボールスキルを練習で磨くことはできる。後天的にレベルを上げることはできるものの、生まれながらの左利きは創造力や閃きを司る「右脳」が発達している、と言われる。おそらくはそれが、「左利きならでは」のプレーにつながっているのだろう。右利きにはコピーできない領域があるのだ。

 

現在の日本代表なら、堂安律や久保建英が左利きだ。DFラインでも伊藤洋輝や町田浩樹が、左利きの特性をチームにもたらしている。

Jリーグにも特筆すべきレフティーはいる。彼らの存在が自チームの戦術に拡がりをもたらし、局面での優位性を生み出しているのだ。

 

●家長昭博(川崎フロンターレ)
現在のJリーグを代表するレフティーと言えば、誰もが家長を思い浮かべるに違いない。大宮アルディージャ在籍の14年から16年にかけて、圧倒的な存在感を発揮したことでそのキャリアは30歳を過ぎてからピークを迎えることとなる。17年からJ1の強豪・川崎フロンターレの一員となり、チームのJ1初制覇に貢献。翌18年もリーグ連覇の力となり、リーグMVPに輝いた。25年6月で39歳となったが、その左足から繰り出す正確無比なパスとシュートは観衆のため息を誘う。プレッシャーを受けても慌てることがなく、ハンドオフでDFを寄せつけない力強さは、年齢をまったく感じさせない。

 

●マテウス・カストロ(名古屋グランパス)
このブラジル人が放つシュートは、「悪魔の左足」と形容される。レフティーということは分かっているのに、左足でシュートを打てる態勢へ持ち込まれ、守備側からすると残酷と言いたくなるようなコーチをブチ抜かれる。それこそが「悪魔」と言われるゆえんだ。14年の大宮アルディージャ入りでJリーグとの接点が生まれ、19年に名古屋グランパスへ移籍。ここからJ1で高いスタッツを残すようになり、23年8月にサウジアラビアのクラブへ完全移籍。25年シーズンからJリーグへ復帰すると、その左足で相手守備陣を脅かしつつ、味方選手に得点機を提供している。

 

●永戸勝也(ヴィッセル神戸)
この男のキャリアを辿ると、レフティーの価値がはっきりと読み取れる。17年から19年までベガルタ仙台で活躍すると、J1の盟主・鹿島アントラーズがその存在に注目した。20年、21年と鹿島でプレーし、22年から横浜F・マリノスの一員となる。ここでもチームの結果につながるパフォーマンスを見せていき、25年6月にヴィッセル神戸へ完全移籍した。左サイドバックを固定できていなかった神戸で、背番号41を着けた30歳はリーグ3連覇に必要なピースとなっている。日本代表に招集されたことはないものの、国内のビッグクラブが彼を必要としてきた事実が、左利きの希少価値を物語るのだ。

 

福森晃斗(横浜FC)
15年から23年まで在籍した北海道コンサドーレ札幌では、守備的なポジションながらその左足から印象的なアシストやゴールを生み出した。24年に横浜FCへ移籍すると、リスタートを中心にリーグトップのアシストを記録。チームのJ1昇格に力を注いだ。その左足の最大の武器は、類まれな精度だ。「針の穴を通す」といった表現を使うことに、ためらいを感じさせないのである。彼が直接FKを狙う際のスタジアムの空気感は、桐光学園高校の先輩でもある横浜FCの中村俊輔コーチの現役当時を思い起こさせる。

 

ジャーメイン良はしなやかなストライカー


●ジャーメイン良(広島)
18年に当時J1のベガルタ仙台でプロデビューを飾り、21年に横浜FCへ移籍。翌22年にはジュビロ磐田へ移籍した。180センチを超えるサイズを持つこのストライカーが、潜在能力を解放したのは23年である。J2に降格していた磐田でキャリアハイの9得点を記録。翌24年はJ1で19ゴールを叩き出し、得点ランキング3位に食い込んだ。この活躍が認められ、25年からサンフレッチェ広島入り。1トップのポジションで攻撃の起点となりながら、ゴール前で相手の脅威となっている。迷いのない左足のフィニッシュは力強くて正確。その左足が観衆の目を惹きつける。

 

●扇原貴宏(ヴィッセル神戸)
セレッソ大阪の下部組織で育ち、育成年代では長身のセンターバックとして日の丸を着けた。その左足がクローズアップされたのは12年のロンドン五輪で、ボランチとしてボールの配球役となりながらリスタートのキッカーを務めてベスト4入りに寄与。19年に横浜F・マリノスの主力としてリーグ優勝を達成し、23年と24年はヴィッセル神戸のタイトル獲得に力を注いでいる。33歳で迎えている今シーズンも20代と変わらないクリエイティビティを発揮しているのは、左利きならではの感覚が生かされているのかもしれない。

 

●小川諒也(鹿島アントラーズ)
FC東京でプロ入りし、22年夏からポルトガル1部のヴィトーリア、23年夏からベルギー1部のシントトロイデンに在籍。左サイドバックに負傷者が出た鹿島からオファーを受け、今年6月に完全移籍で加入した。現代サッカーではボランチのように振る舞うサイドバックもいるが、彼はタッチライン際のレーンで持ち味を発揮するタイプだ。高精度のクロスを供給し、チャンスを演出していく。183センチのサイズがあり、空中戦でも強さを発揮する。鹿島では相馬直樹や新井場徹などの左サイドバックが着けた「7」を背負う。

 

田中隼人は好調な柏レイソルで定位置を確保


●田中隼人(柏レイソル)
柏レイソルのアカデミーは、優秀な人材を数多く輩出している。25年のチームなら主将のCB古賀太陽、日本代表に選出されているストライカーの細谷真大らが育成組織出身で、プロ4年目の田中隼人もそのひとりだ。24年にJ2のV・ファーレン長崎へ期限付き移籍し、全38試合に出場した。プレータイムはチーム最長を記録した。それまで足りなかった実戦の機会を確保したことで、眠っていた才能が一気に開花した。柏に復帰した25年は開幕から定位置を確保し、対人プレーでの力強さ、左足での落ち着いた配球でリカルド・ロドリゲス監督の信頼を勝ち取っている。

 

●髙橋仁胡(セレッソ大阪)
スペインのバルセロナで生まれ、世界的メガクラブのFCバルセロナと契約を結んだ。希少な左利きのサイドバックということもあり、日本サッカー協会は早くからその才能に着目。若年層の日本代表に招集してきた。23年開催のU-20ワールドカップにも出場した。バルセロナのトップチーム昇格が叶わなかった24年7月に、母親が関西出身ということもありセレッソ大阪のユニフォームを選んだ。24年はJ1リーグの出場機会がなかったものの、25年は左SBと左ウイングバックでピッチに立っている。この19歳は、9月開幕のU-20ワールドカップの出場も有力視されている。

 

●山田楓喜(京都サンガF.C.)
そのキャリアが輝きに満ちたのは、プロ5年目の24年だ。アカデミーから育った京都を離れ、J1に復帰した東京ヴェルディに期限付き移籍すると、開幕戦で左足の直接FKを決めてみせた。4月にはパリ五輪アジア最終予選となるU-23アジアカップのメンバーに選ばれ、ウズベキスタンとの決勝戦でペナルティエリア外から鮮やかな決勝弾を突き刺した24年はパリ五輪にも出場し、J1ではキャリアハイの5ゴールを記録。今年1月にポルトガル1部のクラブへ期限付き移籍し、7月に所属元の京都に復帰した。サイドハーフやシャドーのポジションで違いを見せる背番号27は、古巣の上位進出を後押しする存在となれるか。
 

【文章】戸塚啓
【写真】佐野美樹

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