「箱根から世界へ」をどう考えるべきか(後編)

■論点2:箱根駅伝という制度は、日本が世界大会で顕著な成績を残す選手を生み出すうえで、どのような影響を与えているのか
 

本稿は、前後編に分けて「箱根から世界へ」を考察する試みである。
 

前編では、「箱根で活躍する大学から日本代表はどれだけ生まれるのか」という問いを起点に、箱根駅伝の強さと日本代表の輩出力が必ずしも直結しない理由を整理した上で、絶対王者として君臨する青学がマラソンにおいては世界との接続性を一定示しており、その可能性が今後高まる可能性について述べた。

 

> 前編はこちら

 

後編となる今回は、視点をもう一段引いて、「箱根駅伝という制度は、日本が世界で顕著な成績を残す選手を生み出すうえで、どのような影響を与えているのか」を扱う。
 

箱根駅伝は、日本の陸上長距離界において、競技面のみならず進路選択や評価軸にまで影響を及ぼしてきた制度である。
 

箱根の影響を論じる際、「箱根に向けたトレーニングが世界で戦う強化に繋がったか」に焦点が当たりがちなように思える。だが、世界で活躍できるかというテーマは才能の寄与を無視できない以上、箱根駅伝がどの程度「才能ある選手を陸上長距離に引き込めているのか」も同じく重要な論点となる。本稿では、①才能の発掘・誘引、②強化(マラソン/トラック)の二つの局面に分け、箱根駅伝の役割を切り分けて整理する。

 

 

■1. まず「世界で戦えているか」を確認する

 

議論の出発点として、日本勢が世界大会においてどこまで到達しているのかを押さえておきたい。ここ10年ほどを俯瞰すると、種目によって世界との距離感は異なっている。
 

マラソンにおいては、世界大会でも入賞レベルに達している。
 

直近でも、2021年東京五輪では大迫傑(現・リーニン)が2時間10分41秒で6位に入賞し、さらに2024年パリ五輪では赤崎暁(現・クラフティア)が2時間7分32秒で6位に入るなど、最高峰の舞台で入賞する例が続いている。
 

トラック種目においては、男子3000m障害の三浦龍司(現・SUBARU)は、世界トップに肉薄している存在だと言えるだろう。三浦は、2021年東京五輪、2023年ブダペスト世界陸上、2024年パリ五輪、2025年東京世界陸上と、複数の世界大会で安定して入賞を果たしており、単発ではなく継続的に世界の上位層と肩を並べている点が特徴である。
 

また、記録面でもその競争力は明確だ。自己ベストは8分03秒43であり、世界記録である7分52秒11(ラメチャ・ギルマ)との差は約10秒にとどまっている。
 

一方で、男子5000mおよび10000mに目を向けると、状況は大きく異なる。これらの種目では世界との差が依然として大きく、世界大会における日本勢の直近の入賞は、2000年シドニー五輪まで遡る。
 

同大会では、高岡寿成(当時・カネボウ/現・Kao監督)が男子10000mで27分40秒44を記録し、7位に入賞した。なお、このタイムは、日本人選手がオリンピックまたは世界選手権という世界大会の舞台で記録した10000mのタイムとして、現在に至るまで最速である。

 

 

■2. 才能はどこで見つかり、どこで長距離に残るのか


2-0. 論点設定

──「発掘」と「誘引」を分けて考える
 

出発点となる目線を揃えたうえで、まずは、才能の「発掘」と「誘引」という二つの観点から、日本の長距離競技を取り巻く構造を整理したい。
 

世界大会で顕著な成績を残せるかどうかを論じる際には、努力や環境と同様に、才能に依存する要素が大きい。長距離走は、他の多くのスポーツと比べて後天的に獲得できる要素が大きい競技である一方で、世界水準に到達するためには、明確な上限値が存在することも否定できない。
 

その前提に立つと、世界で戦える可能性を持つ才能が「どこで見つかり」「どのように長距離種目へと残っていくのか」を整理することが、議論の出発点となる。

 

2-1. 才能はどこで発掘されているのか
──箱根駅伝よりも手前にある選別システム
 

日本の競技環境を見渡すと、才能の「発掘」という点では、箱根駅伝よりもはるかに手前の段階で、すでに制度的な仕組みが形成されていると言える。
 

小学校の持久走大会や中学校の体力テスト、地域・学校対抗の駅伝など、走る能力が繰り返し可視化される機会が多く存在する。その結果、長距離に向いた資質を持つ子どもが、比較的早期に見つかりやすい構造ができあがっている。
 

重要なのは、このプロセスが個々の指導者の目利きや偶然に依存しているのではなく、教育制度と競技文化の中に組み込まれている点である。才能の発掘は、箱根駅伝という象徴的な大会ではなく、それ以前の段階ですでに相当程度進んでいる。

 

2-2. 「走る」が可視化される国

——学校体育と駅伝文化によるスクリーニング
 

日本で「走ること」が教育内容として扱われ、結果として長距離適性のスクリーニングが起きやすくなった背景には、学校体育システムと駅伝文化が結びついて発展してきた歴史がある。
 

近代国家の形成期、日本の学校体育は規律や集団統制の文脈と結びつき、兵式体操を起点として身体を制度的に管理・評価する仕組みを取り込んだ。戦後、この枠組みは「体力づくり・健康」という名目に置き換えられながらも継続・強化され、1964年に始まった体力・運動能力調査(いわゆるスポーツテスト)によって、体力が数値として恒常的に測定・比較される基盤が整えられた。こうして「走れること」は、スポーツ以前に教育制度の中で可視化される能力となった。
 

この制度的な土台の上に、駅伝という競技文化が重なった。駅伝は、個人競技である長距離走を団体戦へと転換し、学校や地域が選手を「代表」として物語化する装置として機能してきた。1917年の東海道駅伝徒歩競走に始まり、1950年の全国高校駅伝を通じて制度化された駅伝文化は、学校体育と結びつくことで、才能の発掘と選別をより強力に推し進めた。
その結果、日本の長距離界では、箱根駅伝に至るはるか以前の段階で、長距離に適した資質が繰り返し可視化され、評価・選別される構造が形成されている。才能の発掘とスクリーニングが高頻度で行われるという特徴は、日本の長距離種目を語る上で重要な前提条件となっている。

 

2-3. 現場で起きている「発掘」と「初期誘引」
──駅伝前線で何が起きているか
 

現場に即して、才能の「発掘」と「誘引」がどのように行われているかを具体的に見てみよう。
 

日本の場合、中学校あるいは高校の段階で、必ずしも陸上部に所属していなくとも、スポーツテストの1500m走やシャトルランなどで際立った成績を示した生徒が、秋の駅伝シーズンに向けて選手として起用されることが少なくない。駅伝前には、いわゆる「兼部」のような形で長距離トレーニングを行い、駅伝に出場することで、同世代・同地域内での相対的な走力が可視化される。
 

このプロセスでは、才能の発掘と初期的な誘引がほぼ同時に進行する。競技としての長距離を選ばせるというよりも、結果として残っていく構造に近い。

 

2-4. 球技経験者はなぜ長距離に残るのか
──筋線維特性から見た競技間移動
 

この段階で目立つ選手の出自は多様だが、実感としては、野球、サッカー、バスケットボールなどの球技経験者が一定数を占める。こうした背景から、「才能ある選手を陸上競技に誘引するために、野球やサッカーに負けない魅力づくりが必要だ」という議論がしばしば行われる。
 

この指摘は、競技人口の裾野拡張や、生涯スポーツとしてのランニングの価値を高める観点では重要である。一方で、少なくとも長距離種目における才能誘引という文脈では、必ずしも主要な論点にはなりにくいと考える。
 

筋肉には、瞬発的な力発揮に優れる速筋と、持久的な活動に適した遅筋があり、その比率には遺伝的要因が関与するとされている。球技種目は競技特性に幅があるものの、トップレベルでは概して速筋優位の身体特性を持つ選手が有利になりやすい。一方で、陸上の長距離種目は、あらゆるスポーツの中でも比較的珍しく、遅筋優位の身体特性を持つ選手が高いパフォーマンスを発揮しやすい領域である。
 

そのため、球技を主に取り組んできたにもかかわらず、専門的な長距離トレーニングをそれほど積まずに駅伝などで目立つ成果を挙げる選手は、裏を返せば、瞬発系の競技でトップオブトップに到達する可能性が相対的に低いともいえる。結果として、いわゆるフィジカルエリートが、競技のメジャー度や収入規模を基準に球技と長距離種目を天秤にかける、という構図は、長距離においては比較的起こりにくいと考えられる。
 

もっとも、この議論はすべての陸上競技に当てはまるわけではない。短距離種目やフィールド種目では、傑出した身体能力を持つ選手が球技種目と競合する

 

ケースが現実に存在しており、その場合には魅力づくりが才能誘引においても重要な意味を持つ。

 

 

■3. 前半の結論
──箱根駅伝は「発掘」ではなく「誘引・集約」の装置である

 


以上を踏まえると、箱根駅伝そのものを才能ある選手を陸上長距離へ直接的に引き込む発掘装置と位置づけるのは、やや過大評価と言える。すそ野の拡張とスクリーニングにより大きく寄与しているのは、学校体育システムと学校対抗駅伝文化の側であると考える。
 

一方で、箱根駅伝の役割を過小評価するのも適切ではない。他の多くのスポーツと比べても、これほど明確に次のステージへの進路と報酬構造が可視化された大会は稀であり、箱根が果たしている機能は大きい。箱根が効いているのは、「発掘」ではなく「誘引」である。全国的に注目される舞台が存在し、大学進学や競技継続の回路が具体的に示され、努力と成果が社会的に評価される。この構造によって、すでに選別された才能が陸上長距離を選択し、あるいは競技に残り続ける動機が、他競技に比べて相対的に強く形成されている。
 

箱根駅伝は、選別された才能を長距離競技へと集約し続ける、インセンティブ増幅装置として機能している。

 

 

■4. 箱根型トレーニングの本質——20kmを速く走る準備とは何か
 

箱根駅伝の区間距離は20km前後である。ゆえに準備も「20kmを速く走る練習」と言い換えられがちだが、駅伝の競技特性を考えると、射程はもう少し広い。
 

駅伝は基本的に単独走で、気象条件や起伏、展開の揺らぎを受けながら、それでも崩れずに押し切る能力が問われる。加えて、一人のブレーキがチーム全体の結果に直結する競技でもある。結果として、20kmぴったりに最適化するというより、「大は小を兼ねる」発想で、もう少し長い運動時間——例えば30km程度まで——に耐えうるようなトレーニング設計がなされやすい。
 

この負荷設定は、マラソンにとっては導入として機能しやすい一方、トラックにとっては設計次第で過剰になり得る。
 

4-1. マラソンに対して:導入とスクリーニングとしての箱根
 

マラソンは、長時間にわたる運動を高い効率で継続する能力が求められる競技である。
 

トラックからマラソンへの移行にハードルが存在するのは、単に走行距離が伸びるからではない。運動時間の延長に伴い、回復、補給、筋損傷への耐性といった要件そのものが変化する点に本質がある。
 

この観点から見ると、箱根駅伝を目指す過程でかかる負荷——すなわち20〜30kmを一定以上の強度で押し続ける経験——は、マラソンに近い要求を比較的早期に選手へ課す仕組みだと言える。練習やレースの過程で、マラソン適性の高い選手を自然にスクリーニングし、次のステージへと導入する回路として、箱根駅伝が機能し得るという評価は妥当だろう。
 

加えて近年の箱根駅伝では、「勝つ」ために要求されるスピード水準自体が明確に引き上げられている。優勝を狙うチームであれば、ハーフマラソン59分台相当の走力を持つエースを軸に、往路では60分台半ば、復路であっても61分台半ばから62分前後の水準が求められる。シード権争いを想定した場合でも、その目安はおおむね1分程度の差にとどまる。
 

この水準に到達しようとする過程で、選手は結果として、マラソンで要求される最低限のスピード耐性を身につけることになる。箱根駅伝は、マラソン適性の有無を見極める装置であると同時に、その適性を一定水準まで引き上げる機能も併せ持っている。
 

4-2. トラックに対して:過剰になり得るのは距離ではなく強度のかけ方
 

一方で、5000m・10000mといったトラック種目で世界と戦うためには、トップライン、すなわち高い巡航速度そのものを継続的に引き上げることが主戦略となる。この点において、箱根型のトレーニングがマイナスに転じ得るのは、単に長い距離を走ること自体ではない。問題となり得るのは、長い距離を「20km前後のレースへの最適化」を意識し、相対的に高い強度で繰り返し処理する点にある。
 

世界のトラックで活躍するトップ選手であっても、ロングランを取り入れること自体は決して珍しくない。1500mや5000mを主戦場とするヤコブ・インゲブリクトセン(ノルウェー)、コール・ホッカー(アメリカ)、ジョシュ・カー(イギリス)といった欧米のトップランナーも、公開されている情報を見る限り、時期によっては20〜25km程度のランを週次で行っている。表面的には、日本の大学生が行う「距離走」や「ロングジョグ」と大きな差があるわけではない。
 

しかし、本質的な違いは、そのロングランが何を目的とした刺激として位置づけられているかにある。長い距離を速いペースで処理し、刺激が過度に大きくなれば、身体はその刺激に適応しようとし、結果として適性距離の重心はより長い側へと移動しやすくなる。ここは、「長い距離を速いスピードでこなせば、短い距離にも効く」という直感が裏切られやすいポイントである。
 

運動時間を確保すること自体は重要だが、その強度を適切に管理し、適性距離の重心を過度にずらさない配慮がなければ、トラック種目で必要とされるスピード耐性や神経系の素養が、徐々に削がれていくリスクがある。5000m・10000mで世界と戦うためには、距離を踏むこと以上に、トップラインを守り、引き上げ続ける設計が不可欠となる。

 

 

■5. 能力の出し方が違う:駅伝の「押し切る技術」とトラックの「省エネ技術」

 


強化上の論点は、フィットネスにとどまらない。駅伝とトラックでは、レースで求められる能力の出し方そのものが大きく異なる。
 

駅伝は単独走が基本となり、風向きや気温、起伏といった外的条件の影響を強く受ける。そこで重要になるのは、自身の能力の100%に近い努力度を、ペースを調整しながら出し切ることだ。本稿では、この能力を「レースマネジメント」と呼ぶことにする。駅伝では、まず努力度が規定され、そのうえでペースが条件に応じて後から決まる。崩れない範囲で押し続ける感覚——いわば、計算できる走り——が高く評価されやすい。
 

一方、トラックでは状況が逆転する。集団とペースが先に規定され、その中でいかに効率よく走れるかが問われる。求められるのは、速い巡航速度の中で無駄な力みを消し、余力を温存しながら追走する技術である。アクセルの踏み加減としてのレースマネジメント能力よりも、トップラインを引き上げ、集団の中で自然体を保ち、ラストで切り替える能力が勝敗を分ける。
 

箱根型のトレーニングがトラックでマイナスに転じ得るとすれば、「100%に近い努力度で押す感覚」を優先的に養うあまり、トップラインそのものを引き上げるトレーニングが劣後してしまう点にある。駅伝では、仮にトップラインが高くても、レースマネジメントに乏しければ「計算できない選手」と評価されることがある。そのため選手自身も、外的要因の多い環境下で20km前後を走り切るためのレースマネジメント能力の獲得を、自然と志向するようになる。
 

しかし、評価軸が駅伝に最適化されすぎると、すべての才能が一律に押し切る技術へと寄せられてしまう危険がある。その結果、世界基準のトラックで戦うための前提となる、トップラインの高さが育ちにくくなる。強化の設計においては、こうした能力の出し方の違いを踏まえ、才能ごとに配分を変える工夫が不可欠である。

 

 

■6. 事例:大迫傑と三浦龍司が示す「箱根を利用しつつ、箱根に最適化しすぎない」道
 

日本で世界基準で戦えているランナーとして、大迫傑と三浦龍司は象徴的な存在である。大迫はマラソンで2021年東京五輪6位に入り、現日本記録(2時間4分55秒)を保持する。またトラックでも、3000m(7分40秒09)と5000m(13分08秒40)で日本記録を保持する。一方の三浦も、前述の通り3000m障害において世界大会で安定して入賞を重ねている。
 

大学時代の両者のトラックおよび駅伝での実績を並べてみると、いくつかの共通点が浮かび上がる。それは偶然とは言い切れないだろう。
 

まず注目すべきは、二人とも大学初期の段階から「20km前後を高い強度で崩れずに走る素養」を明確に示していた点である。大迫は大学1年時(2010年)の上尾シティハーフで1時間01分47秒を記録して優勝し、当時のU20日本新記録を樹立した。厚底シューズ登場以前の記録であることを踏まえれば、現在の基準では60分台相当の価値を持つと見てよいだろう。そして、なかなか破られなかったこのU20記録を10年ぶり(2020年)に更新したのが三浦である。三浦は大学1年時の箱根駅伝予選会(立川駐屯地周回)で1時間01分41秒を記録した。
 

つまり、長い距離を高い速度で走破する能力そのものは、将来的にマラソンだけでなく、トラックで世界と戦ううえでも決して無駄になるものではない、ということが示唆される。
 

2人の箱根駅伝での実績に目を向けると、その傾向はより明確になる。

 

大迫は大学1、2年時にいずれも1区で区間賞を獲得している。しかも、その内容はいずれもレースを牽引し、途中から単独走で後続を振り切るというものであり、前述したような優れたフィットネスに加え、20kmを独力でまとめ上げるレースマネジメント能力も高水準にあったことを示している。
 

一方で、大学3年時は3区で区間2位、大学4年時は再び1区を任されながら区間5位と、結果自体は依然として高い水準にあるものの、大学1、2年時のインパクトと比べると、やや見劣りする印象を受ける。
 

あくまで推察の域を出ないが、大迫がアメリカの「オレゴン・プロジェクト」の門を叩いたのは大学3年の春であり、この変化と一定の符合が見られるようにも思える。
 

これ以降、大迫本人および渡辺康幸監督は、20kmを走るためのフィットネスやレースマネジメントを高める方向から、トラックで世界基準を目指すためにトップラインを引き上げる方向へと、トレーニングの重心を移していった可能性がある。
 

その成果は記録にも表れている。大学4年時には、10000m日本学生記録および当時の日本歴代4位となる27分38秒31を記録。一気に日本を代表するランナーへと躍り出た。その後、社会人1年目での3000m日本記録、2年目での5000m日本記録へとつながっていった流れを見ても、トラックのトップラインを重視する強化への転換が、大迫の競技的飛躍に大きく寄与したと捉えることができるだろう。
 

三浦についても同様の示唆が得られる。
 

三浦は駅伝に対して、ある取材で「少し苦手意識がある」「長すぎますね。(3000m障害の)7倍なので。20kmなので、『はぁ、しんどいな』と思いながら……」とも語っている。実際、箱根駅伝での成績は、大学1年時が1区10位、2年時が2区11位、3年時が2区12位、4年時が1区10位と、トラックでの実績と比べると相対的に見劣りする。
 

これも推察の域を出ないが、三浦はU20記録が示すように、20kmを走り切るだけのフィットネスは十分に備えていた一方で、風向きや起伏、集団の揺れといった外的要因が大きい状況下でペースを最適化し続けるレースマネジメントにおいては、必ずしも強みを持っていなかった可能性がある。

 

その中で、本人および順天堂大学・長門俊介監督の方針として、「箱根駅伝に過度に最適化しない」という選択がなされたのではと考える。三浦は大学3年時に1500mで3分36秒58を記録し、現在も日本歴代3位に位置するような高いスピード能力を示している。この水準の記録は、箱根駅伝への最適化を主眼に置いた強化の中では到達が可能とは言い難く、三浦の競技的重心が箱根に寄せ切られていなかったことを示す論拠としては十分に説得力がある。
 

大迫と三浦、この二人が世界基準へと接続できた要因は、トップラインを削ってまで「箱根の距離・レースマネジメント」へ最適化しすぎなかった点にあると考えられる。箱根に特化すれば、大学駅伝ではさらに傑出した結果を残せた可能性はある。しかし戦略としては、適性距離の重心をトラック寄りに保ち、トップラインを伸ばす道を選択した。その判断が、結果として世界の舞台で戦うための走力の養成へとつながった——この見立ては、箱根駅伝という制度が持つ功罪を読み解くうえで、極めて示唆的である。

 

 

■7. 結論:箱根は敵でも味方でもない——役割を切り分け、目的別に使い分ける

 


箱根駅伝は、才能ある選手を陸上長距離へ直接引き込む発掘装置ではない。すそ野の拡張とスクリーニングにより大きく寄与しているのは、学校体育システムと学校対抗駅伝文化の側である。その一方で箱根駅伝は、スクリーニングされた才能を長距離競技へ集約し、残留インセンティブを増幅する装置として強く機能している。
 

また、強化面では二面性がある。マラソンに対しては導入・スクリーニングとして有効に働き得る一方、トラックに対しては、強度設計や評価軸の置き方を誤ると、トップラインを削ぐ方向へ誘導してしまう可能性がある。箱根が直接悪いのではなく、工夫がないと構造的にそうなり得る、ということだ。
 

必要なのは「箱根を否定する」ことでも「箱根に全最適化する」ことでもない。目的がトラックなのかマラソンなのか、あるいは両者のどこへ伸ばすのかを明確にし、その目的に応じて箱根型の負荷とレースマネジメントを適切に取り込む——つまり、箱根駅伝を使い分ける視点である。

 

 

<著者プロフィール>
近藤 秀一
MABPマーヴェリック コーチ
東京大学陸上運動部 長距離コーチ

 

東京大学在学中、4年時に関東学生連合チームの1区として箱根駅伝に出走(2019)
卒業後はGMOインターネットグループに所属し、ニューイヤー駅伝6区に出走(2021)

 

東京大学大学院では、「給水おじさん」として知られる八田秀雄教授のもと、運動生理学を専攻。
競技経験と研究知見の両面から、長距離ランナーの育成・指導に携わっている。

 

<個人>
X:@ksyu1run
note:ksyu1run

 

<MABPマーヴェリック>
X:@MABP_Maverick
Instagram:mabpmaverick
YouTube:@mabpmaverick
 

 

【文章】近藤秀一
【写真】アルペングループ提供

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